鍼灸師のための内臓解剖学⑮:脾腎の関係 ― 水分代謝と免疫を支える臓腑連携

はじめに

東洋医学において「脾腎関係」は、身体の水分代謝・免疫・代謝の基盤を支える重要な概念です。
脾は飲食物を「気・血・水」に変換する源であり、腎はその「水」を貯蔵・排出し、体の温度とバランスを維持します。

この二者の連携が崩れると、「脾腎陽虚(ひじんようきょ)」と呼ばれる状態が生じます。
これは現代的には、むくみ・冷え・倦怠感・下痢・慢性疲労・免疫低下などに該当します。

鍼灸師にとって、脾腎の理解は「冷え体質」や「慢性虚弱」を根本から改善するための要です。
本記事では、脾腎の構造と機能を解剖学的・東洋医学的に整理し、安全で効果的な鍼灸施術法を解説します。


1️⃣ 脾腎の解剖学的構造と位置

臓器位置主な生理機能鍼灸的意義
脾臓左季肋下、胃の後方免疫・造血・老廃物処理気血生化・免疫調整
腎臓腰部、第12胸椎〜第3腰椎高さ体液調整・老廃物排泄・ホルモン分泌生命エネルギー・温煦作用・水分代謝調整

脾は「水穀の精微(栄養分)」を全身に運び、腎はその水を管理し不要なものを排出します。
両者は血管・リンパ系・ホルモン系を介して密接に連携しており、
現代医学的にも腎臓→ホルモン(レニン・エリスロポエチン)、脾臓→免疫細胞生産という形で協調しています。


2️⃣ 脾腎陽虚のメカニズム

● 東洋医学的視点

  • 脾陽不足 → 水分を運べず、浮腫・下痢・倦怠を生む
  • 腎陽不足 → 体温低下・冷え・代謝低下・頻尿
  • 両者の連携低下 → 慢性的冷え、免疫機能低下、慢性疲労

● 現代生理学的視点

腎のホルモン分泌低下や血流障害により、代謝と免疫が低下し、
さらに脾臓(免疫中枢)の働きも鈍くなることで、エネルギー生成と免疫応答の両方が弱まる


3️⃣ 脾腎に関係する主要経穴

経穴名経絡位置主な作用
脾兪(BL20)膀胱経第11胸椎棘突起下縁運化促進・免疫強化・倦怠改善
腎兪(BL23)膀胱経第2腰椎棘突起下縁体温維持・代謝促進・冷え改善
三陰交(SP6)脾・肝・腎経交会内果上3寸水分代謝・ホルモン・血流調整
太渓(KI3)腎経原穴内果とアキレス腱の間冷え・疲労・内分泌調整
関元(CV4)任脈臍下3寸生命力・免疫強化・泌尿生殖機能
足三里(ST36)胃経膝下3寸気血補充・疲労回復・胃腸機能調整

これらを上下・前後・左右に組み合わせて刺激することで、
脾腎の気血水循環を立体的に調整できます。


4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点

  1. 背部兪穴(脾兪・腎兪)は外斜刺
     → 肋間・腰筋層を意識し、深刺を避けて0.8〜1.0寸で外方へ刺入。
  2. 腹部(関元・中極)は浅刺+温灸
     → 腹壁が薄い部位は0.5寸前後、温灸併用で内臓循環を促進。
  3. 下肢(太渓・三陰交)は補法中心
     → 弱体質・冷えの患者にはゆるやかな補気手技を行う。
  4. 慢性虚弱には定期的施術
     → 週1〜2回の継続刺激で腎陽を養い、脾気を補う。

5️⃣ 臨床応用

  1. 冷え・むくみ・倦怠感
     → 腎兪+脾兪+三陰交+太渓。温補で代謝を高める。
  2. 慢性下痢・浮腫・冷え性
     → 脾兪+足三里+関元。消化吸収と体液代謝を整える。
  3. 免疫低下・風邪をひきやすい
     → 脾兪+腎兪+風門への温灸で防衛力を強化。
  4. 更年期・不妊・生理不順
     → 三陰交+太渓+関元でホルモンバランスを整える。

まとめ

脾腎の連携は、「水」と「火」、「免疫」と「代謝」をつなぐ身体の根幹システムです。
脾が気血を生み、腎がそのエネルギーを保つことで、全身の温度・体液・免疫が安定します。

この関係が乱れると、冷え・浮腫・虚弱・下痢など、表面的には軽い不調が慢性的に続くようになります。
鍼灸では、脾兪・腎兪・三陰交・太渓・関元などを中心に、温めて補う施術が効果的です。

脾腎を整えることは、単に症状を改善するだけでなく、
「体を根本から温め、免疫力を育てる」ことに直結します。
東洋医学が重視する“根本治療”の象徴が、この脾腎同調の考え方にあります。

次回は、「心腎の関係 ― 精神と身体をつなぐ深層のバランス」をテーマに、
情緒安定・不眠・自律神経・更年期障害への応用を解説します。

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