はじめに
東洋医学では「肝腎同源(かんじんどうげん)」という概念があり、
肝と腎は「血」と「精」を通じて互いに支え合う関係にあるとされています。
肝は血を貯え流れを調え、腎は生命エネルギー(精)を蓄え成長と回復を支えます。
現代生理学的にも、肝臓と腎臓は代謝と排泄の両輪であり、
肝が栄養を処理し、腎が老廃物を排出することで体内の恒常性を保ちます。
つまり、肝腎の連携が乱れると、疲労・むくみ・冷え・ホルモン異常・情緒不安定など、
身体の深層的な不調として現れます。
鍼灸師にとって肝腎の理解は、
「慢性疲労・更年期・不妊・虚弱体質」といった根本改善を目指す治療の基礎となります。
1️⃣ 肝腎の解剖学的関係
| 臓器 | 位置 | 主な生理機能 | 鍼灸的意義 |
|---|---|---|---|
| 肝臓 | 右上腹部 | 代謝・解毒・血液貯蔵 | 血の調整・情動の安定 |
| 腎臓 | 腰部(第12胸椎〜第3腰椎) | 体液・塩分・血圧調整、ホルモン分泌 | 生命力・精・骨・成長を司る |
肝静脈からの血流は下大静脈を通じて心臓へ、
腎静脈も同じく下大静脈へ流れ込み、
両臓は循環の中心ルートでつながる構造的関係を持ちます。
またホルモン系でも、肝臓がエストロゲンや甲状腺ホルモンの代謝を担い、
腎臓が副腎・性腺系の調節を支えるため、両者の連携は内分泌の安定にも直結します。
2️⃣ 肝腎不調のメカニズム
● 東洋医学的分類
| タイプ | 主な症状 | 原因・背景 |
|---|---|---|
| 肝腎陰虚 | ほてり・めまい・耳鳴り・不眠・のぼせ | 過労・ストレス・加齢 |
| 肝腎陽虚 | 冷え・むくみ・倦怠・腰痛・集中力低下 | 慢性疲労・虚弱体質 |
| 肝気滞+腎虚 | 情緒不安・月経不順・生殖機能低下 | 精神緊張・冷えの持続 |
● 現代医学的対応
慢性ストレスやホルモン変動による自律神経の乱れ、
肝代謝・腎排泄機能の低下が同時に進むことで、
ホルモン・代謝・免疫・情動が全体的に不安定になります。
3️⃣ 肝腎に関係する主要経穴
| 経穴名 | 経絡 | 位置 | 主な作用 |
|---|---|---|---|
| 肝兪(BL18) | 膀胱経 | 第9胸椎棘突起下縁 | 血流調整・情緒安定 |
| 腎兪(BL23) | 膀胱経 | 第2腰椎棘突起下縁 | 生命力・冷え・腰痛 |
| 太衝(LR3) | 肝経原穴 | 足背、第1・2中足骨間 | ストレス緩和・血流促進 |
| 太渓(KI3) | 腎経原穴 | 内果とアキレス腱の間 | 体温調整・ホルモン調整 |
| 命門(DU4) | 督脈 | 第2腰椎棘突起下 | 生命力強化・腰部冷え |
| 三陰交(SP6) | 脾・肝・腎経交会 | 内果上3寸 | ホルモン・血流・安眠促進 |
背部の兪穴で臓腑の働きを整え、
下肢の原穴・交会穴で体全体のエネルギー循環を補うことが、
肝腎同源の鍼灸的調整法の基本です。
4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点
- 腰部兪穴は外斜刺で安全に
→ 腎兪・命門は深刺を避け、外方へ0.8〜1.0寸。 - 太衝・太渓の左右同時刺激
→ 下肢全体の血流を促進し、副交感神経を活性化。 - 温熱刺激の活用
→ 腎兪・命門・三陰交の温灸で冷えと倦怠を改善。 - 慢性疲労には補法中心
→ 軽度の刺激・温熱を長期的に継続し、精気を補う。
5️⃣ 臨床応用
- 慢性疲労・虚弱体質
→ 腎兪+命門+太渓でエネルギーと代謝を補う。 - 冷え性・腰痛・むくみ
→ 腎兪+三陰交+太渓+関元で体温と循環を改善。 - 更年期障害・のぼせ・不眠
→ 肝兪+太衝+三陰交で自律神経とホルモンを整える。 - 生殖機能低下・不妊体質
→ 腎兪+命門+関元で精と血を補い、内分泌を強化。
まとめ
肝と腎の関係は、「生命エネルギーの生成と循環」を支える根幹です。
肝が血を調え、腎が精を蓄えることで、心身の安定・免疫・再生力が維持されます。
肝腎同源の視点を臨床に取り入れることで、
単なる局所治療ではなく、体全体の生命力を引き上げる施術が可能になります。
太衝と太渓の連動、兪穴の温熱刺激、そして呼吸とともに行う深い施術が、
患者の回復力を内側から引き出します。
次回は、「脾腎の関係 ― 水分代謝と免疫を支える連携システム」をテーマに、
浮腫・冷え・疲労・免疫機能への鍼灸的応用を解説します。
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