はじめに
胸鎖乳突筋と僧帽筋は、鍼灸師にとって必ず押さえておきたい筋肉です。どちらも体表から容易に触知でき、しかも患者の訴えに直結する症状と深く関わります。肩こり、頭痛、めまい、自律神経の乱れといった日常的な不調は、この2つの筋肉の緊張や血流障害が一因となることも多いのです。さらに、これらの筋は天柱・風池・肩井など、臨床で最も多用されるツボの位置とも密接に関係します。したがって、筋走行を正確に把握し、触診で確認しながらツボの位置を明確にすることは、施術の安全性と効果を高める上で不可欠といえるでしょう。
胸鎖乳突筋(Sternocleidomastoideus)
解剖学的特徴
- 起始:胸骨柄・鎖骨内側
- 停止:側頭骨乳様突起・後頭骨上項線
- 作用:片側収縮で頸の回旋・側屈、両側収縮で頸部前屈
- 支配神経:副神経(第11脳神経)、頸神経叢
触診法
- 患者に顔を反対側に回旋させると筋腹が浮き上がる。
- 耳の後ろ(乳様突起)から鎖骨胸骨端まで走行を確認。
- 前斜角筋や僧帽筋と区別するために収縮運動で同定。
関連ツボ
- 天容(SI17):胸鎖乳突筋の後縁、下顎角下。咽喉疾患に有効。
- 天柱(BL10):後頭骨下縁、僧帽筋外縁。頭痛・頸肩こりに。
- 風池(GB20):胸鎖乳突筋と僧帽筋の間。自律神経調整に必須。
僧帽筋(Trapezius)
解剖学的特徴
- 起始:後頭骨、項靭帯、第7頸椎〜第12胸椎棘突起
- 停止:鎖骨外側、肩峰、肩甲棘
- 作用:肩甲骨の挙上・下制・内転、頸部伸展
- 支配神経:副神経、頸神経叢
触診法
- 患者を座位にし、肩を挙上させると僧帽筋上部が収縮。
- 肩甲棘沿いに外側方向へたどると、肩峰で停止部を確認。
- 中部は肩甲骨内転、下部は肩甲骨下制で触診。
関連ツボ
- 肩井(GB21):僧帽筋上部中央。肩こり治療の代表穴。
- 天柱(BL10):僧帽筋上部付着部。後頭部痛・自律神経調整。
- 肩中兪(BL42):肩甲棘レベル。呼吸器疾患に関連。
胸鎖乳突筋・僧帽筋と臨床症状
1. 頭痛・めまい
- 胸鎖乳突筋の過緊張は緊張性頭痛やめまいを誘発。
- 風池(GB20)、天柱(BL10)との組み合わせで施術。
2. 肩こり
- 僧帽筋上部線維の短縮が原因。肩井(GB21)・肩中兪(BL42)を活用。
3. 自律神経症状
- 胸鎖乳突筋・僧帽筋の緊張は交感神経優位と関連。
- 風池・百会と組み合わせて調整。
4. 頸椎疾患
- 胸鎖乳突筋の緊張は頸椎可動域を制限。天容(SI17)・風池で改善。
学習のステップ
- 筋を触る:胸鎖乳突筋と僧帽筋を実際に触診。
- 動作で区別:胸鎖乳突筋=頸回旋、僧帽筋=肩挙上で確認。
- ツボをマッピング:天柱・風池・肩井を筋走行上に重ねる。
- 症状と関連づける:肩こり・頭痛・めまいの患者像を設定し、選穴練習。
まとめ
胸鎖乳突筋と僧帽筋は、頭頸部から肩背部にかけて広く走行し、多くの症状の背景に存在する「原因筋」として注目されます。これらを理解することは、単に肩こりや頭痛の改善だけでなく、めまい・耳鳴り・眼精疲労など多彩な症状へのアプローチにつながります。さらに、天柱・風池・肩井といったツボと筋肉をセットで理解することで、解剖学と経絡学の橋渡しが可能になります。鍼灸師は「筋とツボを重ね合わせて覚える」ことで、触診力・取穴力・臨床応用力を総合的に高めることができ、結果として患者への施術の質を大きく向上させることができるのです。
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