はじめに:脈をとるだけで体の内側がわかる?
中医学の診察では、患者の手首にそっと指を当てて、じっくりと脈を感じる場面をよく見かけます。これは、「脈診(みゃくしん)」と呼ばれる重要な診断技術で、脈の状態から五臓六腑の働きや証(体の状態)を読み取るものです。
西洋医学の脈拍(数値)とは異なり、中医学の脈診では「速さ・強さ・深さ・リズム・質感」など多角的に脈を分析します。
この記事では、中医学の脈診の基本と、左右6か所の見方、証の読み取り方までを初心者にもわかりやすく解説します。
1. 脈診とは?中医学の「切診」の中心的診断法
脈診は、「四診(望・聞・問・切)」のうちの切診に含まれる診断法で、脈を触れることで体の内側の情報を得る方法です。
✅ 脈診でわかること
- 気・血・津液(体液)の充実度
- 陰陽・虚実・寒熱の傾向
- 五臓六腑(特に肺・心・脾・肝・腎など)の働き
- 体質や病気の進行度合い
脈は全身を巡る「気血」の流れを映し出す鏡であり、現れる脈象(みゃくしょう)を通して“今の証”を判断します。
2. 左右6か所の脈の位置と臓腑の関係
中医学では、両手首に3か所ずつ=計6か所の脈を測定します。これを「三部九候(さんぶきゅうこう)」と呼ぶこともあります。
部位 | 位置 | 対応する臓腑 |
---|---|---|
寸(すん) | 手首に最も近い位置 | 左手:心・小腸/右手:肺・大腸 |
関(かん) | 手首と肘の中間あたり | 左手:肝・胆/右手:脾・胃 |
尺(せき) | 肘に近い位置 | 左手:腎(陰)・膀胱/右手:腎(陽)・三焦 |
※寸→関→尺の順に、手首から肘に向かって配置されています。
✅ 位置ごとの意味
- 寸部(すんぶ):上焦(心・肺)=呼吸や精神活動の状態
- 関部(かんぶ):中焦(肝・脾・胃)=消化・代謝・感情の状態
- 尺部(せきぶ):下焦(腎・膀胱)=泌尿・生殖・生命力の状態
3. 脈の見方:どこをどう触れる?
✅ 脈診の方法(指の配置)
- 中医学では、3本の指(人差し指・中指・薬指)を軽く手首に当てて行います。
- 通常は右手→左手の順番で確認します。
- 力の入れ具合を変えて、表面の脈(浮脈)と深部の脈(沈脈)を見分けます。
✅ 観察するポイント(六要素)
要素 | 説明 |
---|---|
速さ | 脈拍の早さ(熱 or 寒) |
強さ | 脈の力(実証 or 虚証) |
深さ | 表面か深部か(病位) |
太さ | 気血の充実度 |
リズム | 脈の整い具合(心の状態) |
感触 | 滑らかさ、弾力、硬さなど |
4. 脈象の種類と代表的な証の見方
中医学では、脈の特徴=「脈象(みゃくしょう)」に応じて証を判断します。主な脈象と対応する体質・病態は以下の通りです。
脈象 | 特徴 | 対応する証 |
---|---|---|
浮脈(ふみゃく) | 表面で拍動を感じる | 外感病、風寒・風熱など |
沈脈(ちんみゃく) | 深く押さえて感じる | 内臓の虚弱、寒証 |
数脈(さくみゃく) | 速い脈(90回以上/分) | 熱証、炎症、ストレス |
遅脈(ちみゃく) | 遅い脈(60回以下/分) | 寒証、陽虚 |
虚脈(きょみゃく) | 弱く、押すと消える | 気血の不足、虚証 |
実脈(じつみゃく) | 力強く弾力あり | 実証、余分な熱や湿 |
滑脈(かつみゃく) | ツルツルと流れるよう | 痰湿、妊娠初期 |
渋脈(じゅうみゃく) | ざらざら・途切れがち | 瘀血、血行不良 |
弦脈(げんみゃく) | ピンと張ったような | 肝気鬱結、ストレス |
細脈(さいみゃく) | 糸のように細い | 血虚、陰虚 |
5. 脈診でわかる体質・症状の例
✦ 例1:声が小さく、疲れやすい
- 脈象:虚脈・細脈・沈脈
- 証:気虚証 or 陰虚証
- 治法:補気・滋陰
✦ 例2:便秘とイライラ、不眠傾向
- 脈象:数脈・弦脈・実脈
- 証:肝火旺盛・実熱証
- 治法:清熱・瀉火・理気
✦ 例3:生理痛がひどく、舌が紫っぽい
- 脈象:渋脈・沈脈・弦脈
- 証:瘀血証
- 治法:活血化瘀・温経
✅ まとめ:脈診は“気・血・臓腑”の状態を読み取る技術
中医学の脈診は、脈を通して体の深部の状態を把握する重要な診断法です。
- 左右6か所の脈に、それぞれ対応する臓腑がある
- 浮沈・強弱・速遅など多くの指標で状態を見極める
- 脈象により証を判断し、個別最適な治療方針へとつなげる
脈診は簡単にマスターできる技術ではありませんが、経験を積むことで気血の状態や病気のサインを“手で感じ取れる”力が育ちます。
現代人が忘れがちな“体の感覚”を大切にする中医学の診断力を、脈診を通じてぜひ体験してみてください。
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