パーキンソン病とは― 鍼灸師が最初に押さえるべき疾患概念 ―

パーキンソン病とは、中枢神経系の変性により運動調整機能が障害される進行性神経疾患である。主病変は中脳に位置する黒質であり、ここに存在するドーパミン神経細胞の変性・脱落によって発症する。
ドーパミンは、筋を動かす直接的な命令物質ではなく、運動の開始・持続・切り替えを滑らかに調整する役割を担う。そのためパーキンソン病では筋力低下が目立たないにもかかわらず、動作緩慢、筋強剛、姿勢反射障害などが出現する。
鍼灸臨床において重要なのは、パーキンソン病を筋・関節由来の疾患として捉えないことである。症状の本質は、末梢ではなく中枢の運動調整系にある。
パーキンソン病の症状構造― 運動症状と非運動症状 ―
パーキンソン病の症状は、大きく運動症状と非運動症状に分けられる。
運動症状には、動作緩慢、筋強剛、安静時振戦、姿勢反射障害が含まれる。一方、非運動症状としては、便秘や起立性低血圧などの自律神経症状、睡眠障害、抑うつ、不安、慢性的な疲労感などが知られている。
近年の臨床知見では、QOLに最も影響を及ぼすのは非運動症状であるとされており、鍼灸師が関与できる領域とも重なりが大きい。
パーキンソン病における振戦とは
パーキンソン病に特徴的な震えは、安静時振戦と呼ばれる。これは、筋を使っていない安静状態で出現し、動作を開始すると軽減または消失する振戦である。
例えば、椅子に座って手を膝に置いている時や、ベッド上で脱力している状態で観察されやすい。振戦の有無や強さよりも、どの状況で出現するかが評価上の重要なポイントとなる。
なぜ安静時に振戦が起こるのか
安静状態とは、単に「何もしていない状態」ではなく、不要な運動を抑制している状態である。パーキンソン病では、黒質ドーパミン神経の減少により、基底核回路の抑制機構が破綻する。
その結果、随意運動とは無関係な周期的筋収縮が生じ、安静時振戦として表出する。つまり振戦は、筋そのものの異常ではなく、中枢運動調整系の異常が末梢に現れた症状である。
振戦と重症度・QOLは一致しない
臨床上重要な点として、振戦の強さと病状の重さ、あるいは生活の困難さは必ずしも一致しない。振戦が目立たなくても、動作緩慢や自律神経症状により生活が大きく制限されている症例は多い。
そのため鍼灸師は、振戦のみを治療評価の中心に置かず、全体像としての生活機能とQOLを重視する必要がある。
鍼灸臨床での振戦評価の考え方
鍼灸臨床では、振戦の有無だけでなく、
- 安静時か動作時か
- 姿勢保持での変化
- 精神的緊張や疲労との関係
- 睡眠や服薬タイミングとの関連
といった変動要因を丁寧に評価することが重要である。
振戦は治療対象そのものではなく、身体状態を読み取る指標として捉える視点が求められる。
東洋医学的にみた振戦の整理
東洋医学では、振戦は「肝風」として説明されることが多いが、パーキンソン病では腎精不足、気血両虚、瘀血などが複合的に関与するケースが多い。
単一証に当てはめるのではなく、長期経過による全身バランスの変化として捉えることが、治療の安定につながる。
振戦に対する鍼灸の現実的な役割
鍼灸における目標は、振戦の完全消失ではない。振戦が出にくい状態を作ること、緊張や疲労を軽減すること、自律神経の変動を抑えることが現実的な介入目標となる。
結果として、患者が「生活しやすくなった」と感じられることが、臨床的に最も重要な成果である。
まとめ― パーキンソン病と鍼灸師の関わり方 ―
パーキンソン病は、筋肉や関節の障害によって起こる疾患ではなく、中枢神経、とくに運動調整系の破綻によって全身に影響が及ぶ神経変性疾患である。振戦や動作緩慢といった運動症状は目に見えやすいが、実際のQOL低下には、自律神経症状や睡眠障害、抑うつ、慢性的疲労といった非運動症状の関与が大きい。
振戦についても、強さや有無だけで病状や重症度を判断することはできない。安静時振戦は中枢の抑制機構の破綻が末梢に表れた現象であり、治療対象そのものというより、身体状態を読み取る指標として捉える視点が重要である。
鍼灸臨床においては、振戦を局所的に抑えることを目標にするのではなく、
・自律神経の変動
・疲労や睡眠の質
・日内変動や生活リズム
といった背景の調整を通じて、生活全体の安定を図ることが現実的かつ有効な関わり方となる。
鍼灸師は「症状を消す治療者」ではなく、患者が日常生活を組み立てやすくなるよう支える調整役である。その立ち位置を明確に持つことで、パーキンソン病という長期経過疾患に対して、鍼灸は補完医療として確かな価値を発揮する。
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