1.鍼灸施術における気胸とは

気胸とは、肺に穴が開き、胸腔内に空気が漏れることで肺が部分的または完全に虚脱する状態を指します。
鍼灸施術においては頻度の高い事故ではありませんが、胸部・背部・肩甲間部・頸肩部への刺鍼により発生する可能性があり、鍼灸師にとって理解しておくべき重要な医療リスクの一つです。
特に、痩せ型の方、高齢者、呼吸器疾患の既往がある方では胸壁が薄く、刺鍼リスクが高まる傾向があります。そのため、気胸は「稀な事故」ではなく、「正しく備えるべき偶発症」として捉えることが重要です。
2.施術中・施術後に注意すべき症状
気胸は必ずしも施術直後に強い症状が出るとは限りません。以下のような症状がみられた場合は、気胸の可能性を疑う必要があります。
- 突然の胸部痛・背部痛
- 息苦しさ、呼吸時の違和感
- 咳が出続ける
- 胸の圧迫感や不安感
- 施術後数時間〜翌日に症状が出現するケース
軽症の場合は自覚症状が乏しいこともあるため、「様子を見る」という判断が遅れにつながる点に注意が必要です。
3.気胸が疑われた場合の初期対応(鍼灸院内)
気胸が疑われた場合、鍼灸院で最優先すべきは患者の安全確保です。
まず、施術は直ちに中止し、患者を安静にします。無理に姿勢を変えさせたり、追加刺激を行うことは避け、呼吸が楽な体位(半坐位など)をとってもらいます。
次に、呼吸状態、痛みの程度、意識レベル、顔色などを落ち着いて観察します。
呼吸困難が強い、痛みが増悪している、冷汗や意識障害がある場合は、速やかに救急要請を行います。
軽症が疑われる場合でも、自己判断で帰宅させず、必ず医療機関での画像検査を勧めることが重要です。
4.医療機関との連携と記録
医療機関へ紹介する際には、以下の情報を整理して伝えます。
- 施術日時
- 刺鍼部位
- 使用した鍼の長さ・種類
- 刺入方向・深度の目安
- 症状が出現したタイミング
同時に、院内では施術記録と対応経過をできる限り詳細に残します。
これは患者対応のためだけでなく、後の保険対応やトラブル防止においても非常に重要です。
5.患者への説明で大切な姿勢
患者への説明では、専門用語を避け、落ち着いた口調で状況を伝えることが求められます。
「可能性があるため、念のため医療機関で確認が必要です」といった表現を用い、断定的な言い回しや責任逃れと受け取られる説明は避けます。
誠実で一貫した対応は、結果としてトラブルを最小限に抑えることにつながります。
6.損害賠償・補償が関係する場面
気胸が発生した場合、症状の程度にかかわらず、患者に以下のような負担が生じる可能性があります。
- 医療機関での診察・検査・治療費
- 通院や入院による休業
- 精神的な不安や生活への影響
このような場合、損害賠償や補償の話題が生じることは珍しくありません。
重要なのは、感情的に対応せず、適切な手順を踏むことです。
7.賠償対応で鍼灸師が取るべき基本行動
まず、その場で金銭的な補償を約束することは避けます。
診断が確定していない段階での即答は、後のトラブルや保険対応に影響する可能性があります。
次に、加入している施術者賠償責任保険へ速やかに連絡します。
事故の概要、患者の状態、医療機関受診の有無を整理して伝え、指示を仰ぎます。
患者には、保険会社を通じて正式に対応すること、今後の流れについて丁寧に説明し、連絡窓口を明確に伝えます。
8.補償の対象となりやすい内容
保険対応となった場合、一般的に検討されるのは以下の項目です。
- 医療費・検査費
- 通院交通費
- 休業損害(条件あり)
- 慰謝料(症状や経過による)
最終的な判断は、医師の診断内容や保険会社の基準に基づいて行われます。
9.再発防止のために日常からできること
気胸は「起きてから考える事故」ではありません。
日常臨床で以下を徹底することが重要です。
- 胸部・背部の解剖学的理解の再確認
- 深刺を避ける刺鍼角度・深度の工夫
- ハイリスク患者への事前説明
- 同意書・施術記録の整備
- 賠償責任保険内容の把握
安全管理は、技術力と同じく鍼灸師の専門性の一部です。
10.まとめ
鍼灸院における気胸は、発生頻度こそ高くはないものの、
ひとたび起きれば医療対応・説明責任・賠償対応まで含めた総合的判断が求められる偶発症です。
そのため、気胸対応は単なる「技術的ミスへの反省」にとどまらず、
鍼灸師としての安全管理能力・臨床判断力・対人対応力が問われる場面でもあります。
まず重要なのは、
「おかしい」と感じた時点で早期に気胸の可能性を疑い、施術を中止する判断ができることです。
軽症であっても様子見を選択せず、医療機関につなぐ姿勢を取ることが、
結果的に患者の安全を守り、トラブルの拡大を防ぎます。
次に、患者への説明では、
専門家として冷静かつ誠実な姿勢を貫くことが欠かせません。
不安を煽らない表現を心がけつつ、
「安全確認のための医療受診が必要である」という点を明確に伝えることが、
信頼関係の維持につながります。
また、気胸が疑われるケースでは、
損害賠償や補償の話題が生じる可能性があることを前提に行動する必要があります。
その場で金銭的な約束をするのではなく、
施術者賠償責任保険を通じた正式な対応へと冷静につなぐことが、
患者・施術者双方にとって最も適切な選択となります。
そのためにも、
日頃から自らが加入している賠償責任保険の内容を把握し、
「事故が起きた場合の連絡先・流れ」を明確にしておくことは、
安全管理の一部として欠かせません。
さらに、気胸対応を一過性の出来事で終わらせず、
再発防止へとつなげる視点が重要です。
胸部・背部刺鍼における解剖学的理解の再確認、
患者ごとのリスク評価、
説明・同意・記録の見直しを行うことは、
臨床の質を高めることにも直結します。
気胸に対する正しい知識と対応力を身につけることは、
患者の安全を守るだけでなく、
鍼灸師自身が長く、安心して臨床を続けるための基盤となります。
「起こさない努力」と同時に、
「起きたときに正しく対応できる準備」を整えておくことこそが、
信頼される鍼灸院運営につながるといえるでしょう。
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