はじめに
肝臓と脾臓は、東洋医学において「気血の調整」を担う二大臓器として密接に連動しています。
肝は「疏泄(そせつ)」を司り、気の流れを調え、情緒を安定させる働きを持ちます。
脾は「運化(うんか)」を司り、飲食物から気血を生み出す源として機能します。
この二者のバランスが崩れると、「肝脾不和(かんぴふわ)」と呼ばれる状態が生じ、
現代的にはストレス性の胃腸障害、過敏性腸症候群、月経前症候群(PMS)などに相当します。
鍼灸師にとって、肝脾の関係を解剖学と経絡の両面から理解することは、
「メンタル × 消化 × 循環」を統合的に診る力を育むことにつながります。
1️⃣ 肝脾の解剖学的関係
肝臓は右上腹部、脾臓は左上腹部に位置し、腹腔を挟んで対をなすように配置されています。
- 肝臓:門脈系の血液を受け、栄養を代謝・解毒
- 脾臓:血液の貯蔵・免疫・赤血球の破壊
- 門脈:小腸・脾臓・胃からの血液を肝臓へ運ぶ主要経路
つまり、肝と脾は門脈循環を介して物質的に連結されているのです。
肝が血を蓄え流れを調整し、脾が血を生み出す——
この「生産と調整」の協調こそが健康維持の基盤です。
2️⃣ 肝脾不和のメカニズム
● 東洋医学的視点
- 肝気が滞る → 脾の運化が阻害される → 食欲不振・下痢・腹部膨満
- 肝火が上炎する → 脾胃の気が乱れる → 胃痛・胸やけ・イライラ
- 気滞が長引く → 血の循環が悪化 → 月経痛・頭痛・倦怠感
● 現代生理学的対応
ストレスにより交感神経が過剰に優位 → 消化器の血流が減少 →
胃腸機能低下・ホルモンバランスの乱れ → 全身倦怠や情動不安
つまり「肝脾不和」とは、自律神経・ホルモン・消化循環の三重アンバランスです。
3️⃣ 肝脾連携に関わる主要経穴
| 経穴名 | 経絡 | 位置 | 主な作用 |
|---|---|---|---|
| 期門(LR14) | 肝経の募穴 | 乳頭直下、第6肋間 | 肝気鬱結・胸脇苦満・ストレス緩和 |
| 章門(LR13) | 脾の募穴・肝経 | 第11肋骨先端下 | 脾胃調整・腹部膨満・倦怠感 |
| 脾兪(BL20) | 膀胱経 | 第11胸椎棘突起下縁 | 運化促進・免疫調整・気虚改善 |
| 肝兪(BL18) | 膀胱経 | 第9胸椎棘突起下縁 | 血流促進・ストレス緩和・目の疲れ |
| 太衝(LR3) | 肝経原穴 | 足背、第1・2中足骨間 | 自律神経安定・情緒調整 |
| 三陰交(SP6) | 脾・肝・腎経交会 | 内果上3寸 | ホルモン・月経・冷え・不眠 |
前胸部の期門・章門、背部の肝兪・脾兪、下肢の太衝・三陰交を連携させることで、
肝脾系を「上下左右の立体的ネットワーク」として整える施術が可能になります。
4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点
- 期門・章門は肋間刺に注意
→ 肋骨下の刺入は浅く外斜刺0.3〜0.5寸。肝・脾臓の被膜を避ける。 - 背部兪穴の施術では呼吸同調
→ 肝兪・脾兪は吸気で刺入、呼気で抜鍼が基本。 - 情動ストレスに対しては補瀉併用
→ 太衝を瀉法、三陰交を補法とすることで全体の気血バランスをとる。 - 腹部膨満には温灸や低周波鍼通電
→ 期門・中脘・天枢ラインに軽刺激で腹壁の緊張を緩める。
5️⃣ 臨床応用
- ストレス性胃腸障害
→ 期門+章門+足三里。肝気の停滞を解き、脾の運化を助ける。 - 月経不順・PMS
→ 太衝+三陰交+関元でホルモンリズムを安定化。 - 慢性疲労・情動不安定
→ 肝兪+脾兪+神門で気血の流れを調整。 - 下痢・腹部膨満・食欲不振
→ 章門+中脘+天枢+足三里で消化吸収機能を回復。
まとめ
肝と脾の関係は、「動かす肝」と「生み出す脾」の協調で成り立っています。
肝が滞れば脾が働かず、脾が弱れば肝の流れが乱れる——
それが「肝脾不和」の本質です。
鍼灸では、肝脾を“対のシステム”としてとらえ、気血の循環を滑らかに整えることが大切です。
期門・章門・脾兪・太衝といったツボを用いることで、
ストレスと消化不良という現代人の二大不調を根本から改善することができます。
肝脾の調和は、身体の安定だけでなく、心の柔軟さを取り戻す治療でもあります。
次回は、「心肺の連携 ― 呼吸と循環がつくる生命リズム」をテーマに、
胸腔内のダイナミズムをさらに掘り下げます。
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