はじめに
咽頭・喉頭筋群は、呼吸・嚥下・発声という生命維持に欠かせない3つの基本機能を司る筋群です。咽頭収縮筋(上・中・下咽頭収縮筋)は食物を食道へと送るポンプの役割を果たし、喉頭筋群(甲状披裂筋・輪状甲状筋・後輪状披裂筋など)は声帯を動かして音を作り出します。これらの筋は舌・胸鎖乳突筋・舌骨筋群などと連動して働き、発声・呼吸・嚥下のタイミングを精密に制御しています。
さらに現代社会では、ストレス・長時間の会話・スマートフォン姿勢などが原因で、咽喉の緊張や「喉の詰まり感(ヒステリー球)」を訴える人が増加しています。こうした症状は筋肉だけでなく、自律神経の不調や精神的ストレスとも深く関わります。鍼灸臨床において咽頭・喉頭筋群を理解し、廉泉・天突・気舎などのツボを用いて施術することは、単なる喉の不快感解消にとどまらず、呼吸・心・声を整える全身治療の一環として極めて重要なアプローチといえるのです。
咽頭・喉頭筋群の解剖学的特徴
1. 咽頭収縮筋(Pharyngeal constrictors)
- 上咽頭収縮筋:軟口蓋の運動に関与。
- 中咽頭収縮筋:舌骨と連動し、嚥下運動を補助。
- 下咽頭収縮筋:食道上部括約筋を形成。
- 臨床意義:嚥下障害・咽喉違和感・逆流性症状に関連。
2. 喉頭筋群(Laryngeal muscles)
- 外喉頭筋:輪状甲状筋・甲状舌骨筋など。声帯の張力調節。
- 内喉頭筋:甲状披裂筋・後輪状披裂筋・外側輪状披裂筋など。声門の開閉を調整。
- 臨床意義:嗄声・発声困難・呼吸障害に関与。
3. 喉頭挙筋群(Laryngeal elevators)
- 舌骨上筋群(顎舌骨筋・茎突舌骨筋など)が喉頭を上方に引き上げ、嚥下を円滑にする。
触診と観察のポイント
- 咽頭部:嚥下時に喉頭の上下動を観察。
- 喉頭隆起(のど仏):喉頭筋群の動きを確認できる。
- 舌骨上部・下部:指先で軽く触れ、動きを観察。
- 声質の変化:喉頭筋群の過緊張は嗄声の一因に。
咽頭・喉頭筋群と関連する代表的なツボ
- 廉泉(CV23):舌骨上縁。嚥下障害・発声不良に。
- 天突(CV22):頸窩中央。呼吸困難・嗄声に。
- 気舎(ST11):鎖骨上窩の外側。咽喉の詰まり感に。
- 扶突(ST10):胸鎖乳突筋の中点。咳嗽・呼吸障害に。
- 合谷(LI4)/少商(LU11):咽喉・声の不調に遠隔的に有効。
👉 咽頭〜喉頭のツボは任脈・胃経・肺経と深く関係し、気の通りを整える要穴。
臨床応用
1. 嚥下障害
- 高齢者・脳血管障害後の嚥下困難。
- 廉泉・気舎を中心に、舌骨上筋群と連動させて施術。
2. 発声障害(嗄声・声枯れ)
- 輪状甲状筋・甲状披裂筋の過緊張を調整。
- 天突・廉泉・合谷を組み合わせる。
3. 呼吸障害・喉頭違和感
- 喉頭周囲の過緊張、自律神経の乱れが原因。
- 天突・扶突・気舎を施術。
4. ストレス性咽喉閉塞感(ヒステリー球)
- 咽頭収縮筋と自律神経の過緊張が関与。
- 天突・内関・神門で心身を調整。
学び方のステップ
- 喉頭・舌骨の位置を把握:頸前面の骨指標を確認。
- 嚥下運動を観察:喉頭の動きと筋の協調性を理解。
- ツボをマッピング:廉泉・天突・気舎を頸部中央線に配置。
- 症例練習:発声障害・嚥下障害・ヒステリー球を想定し施術プランを構築。
まとめ
咽頭・喉頭筋群は、嚥下・発声・呼吸という生命活動の中心的機能を支える筋群です。これらの筋が過緊張すると、喉の詰まり感や嗄声、呼吸困難といった症状を引き起こし、弛緩しすぎると嚥下障害や誤嚥を生じることがあります。鍼灸では、廉泉・天突・気舎・扶突といったツボを活用し、筋の緊張を緩めながら神経・血流・気の流れを整えることで、局所の改善と全身の調和を同時に図ることが可能です。
また、この領域は自律神経系と情動表現の接点でもあります。声が出ない、喉が詰まるといった症状の背後には、心理的ストレスや過度な緊張が潜んでいることも多く、鍼灸による施術は心身両面のケアに有効です。咽頭・喉頭筋群へのアプローチは、単なる構造的治療ではなく、呼吸・声・心を取り戻す再生的なアプローチです。鍼灸師がこの領域を深く理解し、ツボの作用と筋の解剖を統合することで、「声を整え、心を整える」臨床を実現できるでしょう。
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