鍼灸師のための解剖学入門㉝:股関節内転筋群(大内転筋・長内転筋・短内転筋など)と骨盤バランスに関わるツボ

はじめに

股関節内転筋群は、大腿内側に広がる筋群であり、主に大腿を内転させる働きを担います。代表的な筋には大内転筋・長内転筋・短内転筋・薄筋があり、骨盤と大腿をつなぐことで姿勢保持や歩行、下肢の安定に寄与します。これらの筋はスポーツ動作で頻繁に使われる一方、柔軟性の低下や筋力のアンバランスによって股関節痛・恥骨結合炎・膝内側痛などを引き起こすことが知られています。鍼灸臨床においても、血海・陰廉・曲骨などのツボと関連が深く、施術対象となることが多い部位です。本記事では、股関節内転筋群の解剖学的特徴、触診法、関連するツボ、臨床応用について詳しく解説します。

さらに、股関節内転筋群は「安定と可動の両立」を支える特異な存在です。筋群が過剰に硬くなると股関節の可動性を制限し、柔軟性が低下すると骨盤の安定性が損なわれます。そのため、スポーツ選手では繰り返しの肉離れが発生しやすく、高齢者では歩行の安定性が低下する原因となります。鍼灸による施術は、単なる痛みの緩和にとどまらず、内転筋群の柔軟性と機能回復を促すことで、動作全体の調和を取り戻す効果が期待できます。


股関節内転筋群の解剖学的特徴

1. 大内転筋(Adductor magnus)

  • 起始:恥骨下枝・坐骨枝・坐骨結節
  • 停止:大腿骨粗線、内転筋結節
  • 作用:股関節内転、伸展、屈曲補助
  • 臨床意義:股関節痛、骨盤不安定に関与

2. 長内転筋(Adductor longus)

  • 起始:恥骨結合前面
  • 停止:大腿骨粗線中部
  • 作用:股関節内転・屈曲
  • 臨床意義:スポーツでの肉離れ多発部位

3. 短内転筋(Adductor brevis)

  • 起始:恥骨下枝
  • 停止:大腿骨粗線近位部
  • 作用:股関節内転・屈曲補助
  • 臨床意義:長内転筋の下層で触診困難

4. 薄筋(Gracilis)

  • 起始:恥骨下枝
  • 停止:脛骨内側(鵞足)
  • 作用:股関節内転、膝屈曲
  • 臨床意義:膝内側痛、鵞足炎に関連

触診のポイント

  1. 長内転筋:大腿内側の最も表層に位置し、股関節屈曲+内転で触知。
  2. 大内転筋:大腿内側深層。膝に近い部分で収縮を確認。
  3. 薄筋:大腿内側を縦に走行し、膝内側に達する。細長く触知しやすい。
  4. 短内転筋:長内転筋の深層で直接触診は困難。

股関節内転筋群と関連する代表的なツボ

  • 血海(SP10):大腿内側、膝上2寸。血流改善と婦人科疾患に。
  • 陰廉(KI11):恥骨結合外側。鼠径部痛・股関節痛に。
  • 曲骨(CV2):恥骨結合上縁。泌尿生殖器疾患と関連。
  • 箕門(SP11):大腿内側、長内転筋上。股関節痛・下肢麻痺に。
  • 鵞足部圧痛点:膝内側。薄筋・半腱様筋の停止部に一致。

臨床応用

1. スポーツ障害(内転筋肉離れ)

  • サッカー・ラグビー選手に多発。
  • 血海・箕門・阿是穴を併用。

2. 股関節痛

  • 長内転筋・大内転筋の短縮による。
  • 陰廉・曲骨を施術し骨盤の安定化を図る。

3. 恥骨結合炎

  • 内転筋群の過緊張が原因。
  • 下腹部ツボ(中極・曲骨)を組み合わせる。

4. 膝内側痛(鵞足炎)

  • 薄筋が原因筋となることが多い。
  • 膝内側圧痛点+血海で施術。

学び方のステップ

  1. 骨盤前面を確認:恥骨結合・坐骨枝を触診し起始部を把握。
  2. 大腿内側を触診:股関節を軽く屈曲+内転して筋収縮を確認。
  3. ツボをマッピング:血海・陰廉・曲骨をラインに沿って配置。
  4. 症例練習:股関節痛・鵞足炎をモデルに施術プランを作成。

まとめ

股関節内転筋群は股関節の安定化に不可欠な筋群であり、スポーツ障害や股関節痛、膝内側痛と密接に関連します。長内転筋や薄筋を正確に触診し、血海・陰廉・曲骨などのツボを組み合わせることで、症状改善と骨盤バランス調整の両立が可能です。

さらに臨床的には「股関節内転筋群=骨盤と下肢の橋渡し役」として理解することが大切です。筋緊張や短縮を放置すると、恥骨結合炎や慢性腰痛を誘発するだけでなく、歩行時の左右バランスを崩し、全身の運動連鎖に悪影響を及ぼします。鍼灸師は筋解剖とツボの知識を統合し、局所治療から全身調整まで応用することで、患者の生活の質を向上させることができます。

また、股関節内転筋群は骨盤底筋群や腹筋群とも機能的に連動しているため、内臓機能や骨盤内の安定性にも波及効果を持ちます。そのため、婦人科系疾患や慢性的な骨盤周囲の不調に対しても施術対象となりうる部位です。鍼灸臨床でこの筋群を重視することは、局所的な疼痛管理を超えて、全身調整や予防医学的なアプローチへとつながります。

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