はじめに
呼吸は生命活動の基盤であり、酸素供給と二酸化炭素排出を通じて代謝と自律神経を調整しています。その中心的役割を果たすのが横隔膜・肋間筋・腹横筋です。これらの筋は、鍼灸臨床において「呼吸器疾患(喘息・慢性気管支炎など)」「自律神経症状(不安・動悸・過換気)」「姿勢異常(猫背・胸郭運動制限)」と深く関連します。また、呼吸筋は胸腹部経穴の位置精度に直結し、膻中・中府・天突などの取穴理解を助けます。本記事では、呼吸筋の解剖学的特徴、触診のポイント、ツボとの関連、臨床応用を詳しく整理します。
呼吸筋の解剖学的特徴
横隔膜(Diaphragma)
- 起始:胸骨部(剣状突起)、肋骨部(下部肋軟骨)、腰椎部(腰椎体前面)
- 停止:腱中心
- 作用:吸気の主動筋。収縮で胸腔を拡大。
- 神経支配:横隔神経(C3〜C5)
- 臨床意義:過換気症候群、胃食道逆流症、自律神経失調と関連。
肋間筋(Musculi intercostales)
- 外肋間筋:吸気補助。肋骨を挙上。
- 内肋間筋:呼気補助。肋骨を下制。
- 神経支配:肋間神経(Th1〜Th11)
- 臨床意義:胸郭運動制限、肋間神経痛と関連。
腹横筋(Transversus abdominis)
- 起始:下部肋骨・胸腰筋膜・腸骨稜・鼠径靭帯
- 停止:白線
- 作用:腹圧を高める。強制呼気の補助。
- 神経支配:肋間神経・腸骨下腹神経・腸骨鼠径神経
- 臨床意義:呼吸・排泄・体幹安定に関与。
触診のポイント
- 横隔膜:直接触診困難だが、呼吸時の下部肋骨の動きで評価。
- 肋間筋:肋骨間の張りを確認。深呼吸や咳で収縮を感じる。
- 腹横筋:下腹部を軽く圧しながら呼気させると収縮が触知できる。
👉 呼吸の動きを利用し、筋の収縮・弛緩を間接的に評価するのが実用的です。
呼吸筋と関連する代表的なツボ
- 膻中(CV17):胸骨体中央。呼吸調整・自律神経安定に必須。
- 中府(LU1):鎖骨下、三角筋と大胸筋の間。肺の募穴。咳嗽・喘息に。
- 天突(CV22):頸窩中央。咳嗽・喘鳴に応用。
- 期門(LR14):第6肋間、中腋下線上。横隔膜緊張と関連。
- 京門(GB25):第12肋骨端。腎と呼吸の関連に用いる。
臨床応用
1. 喘息・慢性気管支炎
- 膻中・中府・天突を中心に取穴。
- 横隔膜緊張を緩める手技を併用。
2. 過換気症候群
- 呼吸筋緊張と自律神経失調が背景。
- 膻中・期門・神門(HT7)を組み合わせ。
3. 胸郭出口症候群との関連
- 肋間筋の過緊張で胸郭可動域が制限。
- 外関(TE5)、膻中を加えると効果的。
4. 姿勢異常・猫背
- 腹横筋を強化し、呼吸と体幹安定を両立。
- 関元・気海と併用し、腹圧調整を行う。
学び方のステップ
- 呼吸を観察:胸式呼吸・腹式呼吸を見分ける。
- 肋骨を触診:吸気時・呼気時の肋骨挙上を確認。
- ツボを重ねる:膻中・中府・天突を胸郭上でマーク。
- 臨床ケースを想定:喘息・過換気・自律神経失調の患者像を設定し、施術プランを立てる。
まとめ
呼吸筋は生命活動の基盤であり、呼吸器疾患から自律神経症状まで幅広く関与します。横隔膜・肋間筋・腹横筋を理解し、膻中・中府・天突などのツボと重ね合わせることで、施術の効果を高めることができます。鍼灸師は「呼吸=生命活動の中心」と捉え、解剖学と経穴学を融合させて実践に活かすことが重要です。
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