はじめに
前腕は手指の動きを司る重要な部位であり、デスクワーク・スマートフォン操作・楽器演奏・スポーツ動作などによるオーバーユース障害が頻発する領域です。その中でも前腕屈筋群は、腱鞘炎や手根管症候群の原因となることが多く、鍼灸臨床における主要な施術対象となります。橈側手根屈筋・尺側手根屈筋・円回内筋などの解剖学的特徴を理解し、触診で正確に筋とツボを同定することは、手関節痛や上肢のしびれに対応する上で不可欠です。本記事では、前腕屈筋群の構造、触診法、ツボとの関係、臨床応用について詳しく解説します。
前腕屈筋群の解剖学的特徴
浅層屈筋群
- 円回内筋(Pronator teres)
- 起始:上腕骨内側上顆、尺骨鉤状突起
- 停止:橈骨外側面
- 作用:前腕回内、肘関節屈曲補助
- 臨床:円回内筋症候群(正中神経絞扼)に関与
- 橈側手根屈筋(Flexor carpi radialis)
- 起始:上腕骨内側上顆
- 停止:第2・3中手骨底
- 作用:手関節屈曲・外転
- 臨床:手首の腱鞘炎に関連
- 尺側手根屈筋(Flexor carpi ulnaris)
- 起始:上腕骨内側上顆・尺骨後縁
- 停止:豆状骨・有鈎骨・第5中手骨底
- 作用:手関節屈曲・内転
- 臨床:小指側の手関節痛に関与
中間層
- 浅指屈筋(Flexor digitorum superficialis)
- PIP関節屈曲に関与。腱鞘炎・ばね指の原因。
深層
- 深指屈筋(Flexor digitorum profundus)
- DIP関節屈曲に関与。末梢神経障害にも関連。
- 長母指屈筋(Flexor pollicis longus)
- 母指の屈曲に関与。母指腱鞘炎(ドケルバン病と類似)に関与。
触診の実際
- 円回内筋:肘窩内側で、前腕を回内させると筋腹が触知できる。
- 橈側手根屈筋:手首掌側、橈骨動脈のすぐ内側に走行。脈診と区別する。
- 尺側手根屈筋:手首小指側の腱として容易に触れる。豆状骨を基準に。
- 浅指屈筋・深指屈筋:中手骨基部から指にかけて腱を確認。
👉 動作(手首屈曲・指屈曲)を加えることで、触診精度が向上します。
前腕屈筋群と関連する代表的なツボ
- 太淵(LU9):橈骨動脈の脈診部。橈側手根屈筋腱の橈側。呼吸器疾患に加え、手関節疾患に応用。
- 神門(HT7):尺側手根屈筋腱の橈側。心経の原穴。不眠・精神症状に有効。
- 大陵(PC7):長掌筋腱と橈側手根屈筋腱の間。手根管症候群に多用。
- 労宮(PC8):手掌中央。屈筋腱群の緊張緩和に応用。
👉 腱とツボの位置を重ね合わせると、臨床での精度が飛躍的に高まります。
臨床応用
1. 腱鞘炎
- 母指や手関節の過使用による炎症。
- 大陵(PC7)、神門(HT7)、太淵(LU9)を組み合わせて施術。
2. 手根管症候群
- 正中神経が手根管で絞扼。
- 大陵(PC7)、労宮(PC8)を中心に、円回内筋の緊張も調整。
3. 前腕疲労・手首痛
- 橈側手根屈筋・尺側手根屈筋を触診し、圧痛点(阿是穴)に刺鍼。
- デスクワークや楽器演奏者に多い。
4. 精神症状・自律神経失調
- 神門(HT7)、大陵(PC7)を利用し、心経・心包経を調整。
学び方のステップ
- ランドマーク確認:橈骨動脈・豆状骨を基準に筋腱を触診。
- 動作確認:手首の屈曲・回内で筋腹を確認。
- ツボを重ねる:太淵・神門・大陵を腱上にマーキング。
- 臨床シミュレーション:腱鞘炎・手根管症候群・不眠症などを想定し、ツボ選択を練習。
まとめ
前腕屈筋群は、日常生活動作と直結する重要な筋群であり、腱鞘炎や手根管症候群といった現代人に多い症状の背景を担っています。橈側手根屈筋・尺側手根屈筋・円回内筋を骨学的ランドマークとともに正しく触診することは、太淵・神門・大陵といったツボの正確な取穴に直結します。鍼灸師は「筋とツボをリンク」させながら理解し、手首や前腕の痛みに的確に対応する力を養うことが求められます。
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