鍼灸師のための解剖学入門⑤:橈骨・尺骨のランドマークと前腕のツボ

はじめに

前腕は、日常生活で酷使される部位であり、スポーツや仕事でのオーバーユースによって症状が出やすい部分です。特に腱鞘炎、手関節痛、肘関節痛などは鍼灸臨床でも頻繁に扱われます。前腕の骨学的基盤を成すのが橈骨と尺骨です。橈骨は親指側、尺骨は小指側を走行し、肘から手首まで並行して存在します。これらの骨のランドマークを正しく触診できることは、前腕のツボを確実に取穴し、臨床で効果を上げるために不可欠です。本記事では、橈骨と尺骨の解剖学的特徴、触診法、関連するツボ、臨床応用の実際について、鍼灸師が学習しやすい形で詳しく整理します。


橈骨の解剖学的特徴と触診ポイント

橈骨の構造

  • 橈骨頭(Caput radii):肘関節の外側に位置し、回内・回外の運動の支点。
  • 橈骨頸(Collum radii):橈骨頭の下。細くくびれている部分。
  • 橈骨粗面(Tuberositas radii):上腕二頭筋腱が停止する部位。
  • 橈骨茎状突起(Processus styloideus radii):手関節親指側の突起で、触診が容易。

橈骨触診の手順

  1. 肘外側で橈骨頭を探す(肘を屈伸・回外回内させて動く骨)。
  2. そこから橈骨頸・橈骨粗面をたどる。
  3. 手関節部では橈骨茎状突起を確認。これは**橈骨動脈の触診点(脈診)**とも重なる。

👉 橈骨はツボの基準だけでなく、動脈触診・脈診でも重要です。


尺骨の解剖学的特徴と触診ポイント

尺骨の構造

  • 肘頭(Olecranon):肘関節後方に突出する大きな突起。小海(SI8)のランドマーク。
  • 尺骨茎状突起(Processus styloideus ulnae):手関節小指側の突起。陽池(TE4)の基準点近く。
  • 尺骨稜(Margo ulnae):前腕の内側に走る長い稜線で、触診しやすい。

尺骨触診の手順

  1. 肘後方の肘頭を触知する。肘を屈伸させると位置関係がはっきりする。
  2. 前腕内側を下方にたどり、尺骨稜を追う。
  3. 手関節小指側の突起が尺骨茎状突起。豆状骨との区別も重要。

👉 尺骨は「肘頭」と「茎状突起」が明確な目印になるため、ツボ取穴の際に非常に役立ちます。


橈骨・尺骨と関連する代表的なツボ

橈骨側のツボ

  • 陽谿(LI5):橈骨茎状突起と手根骨の間の陥凹。手首痛や頭痛に応用。
  • 偏歴(LI6):陽谿の上3寸。前腕橈側で橈骨を基準に取穴。
  • 合谷(LI4):第1・第2中手骨の間。橈骨と直接関係はないが、橈側ライン上で重要。

尺骨側のツボ

  • 陽池(TE4):尺骨茎状突起の橈側、手関節背側中央。手関節疾患に多用。
  • 小海(SI8):肘頭と上腕骨内側上顆の間。肘関節疾患や上肢のしびれに。
  • 後谿(SI3):第5中手骨基部の尺側。尺骨ラインに沿ったツボ。

前腕正中のツボ

  • 尺沢(LU5):肘窩横紋上で、上腕二頭筋腱の橈側。呼吸器疾患に多用。
  • 列缺(LU7):橈骨茎状突起の上方1.5寸、橈骨稜を基準に。風邪・頭頸部症状に有効。

👉 骨のランドマークを触ることで、ツボの位置が“ずれない”ようになります。


臨床応用

1. テニス肘(外側上顆炎)との関連

  • 橈骨頭・橈骨茎状突起周囲の圧痛。
  • 曲池・手三里と組み合わせ、阿是穴刺鍼。

2. 腱鞘炎・手首の痛み

  • 橈骨茎状突起付近(ドケルバン病)。
  • 陽谿・列缺・陽池を骨基準に取穴。

3. 尺骨神経障害

  • 尺骨茎状突起から小指方向にかけてのしびれ。
  • 小海・後谿を活用し、局所+経絡の調整。

4. 呼吸器疾患

  • 尺沢(LU5)を橈骨稜と肘窩横紋で基準化。
  • 咳・喘息の施術に応用。

学習のステップ

  1. 骨を触る:橈骨頭・橈骨茎状突起・尺骨肘頭・尺骨茎状突起を明確に区別。
  2. ツボをプロット:陽谿・陽池・尺沢・小海を実際にマークする。
  3. 動作と関連づける:回内・回外、手関節屈伸で触診精度を高める。
  4. 臨床シミュレーション:患者役に「ドアノブを回す動作」をさせ、痛みとツボを結びつける。

まとめ

橈骨と尺骨は、前腕の解剖学を理解するための二本柱です。橈骨茎状突起・尺骨茎状突起・肘頭といったランドマークをしっかり触診し、陽谿・陽池・尺沢・小海などのツボと結びつけることで、施術の精度が格段に向上します。骨 → 筋 → ツボの順に理解を積み重ね、臨床で患者の症状とリンクさせて学習していくことが、鍼灸師としての成長につながります。

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