はじめに
肩甲骨は、鍼灸臨床において最も触れる機会の多い骨のひとつです。肩こり、肩関節周囲炎(五十肩)、頸肩腕症候群など、現代の臨床現場でよく訴えられる症状の多くに関わっており、その評価・施術に欠かせません。肩甲骨は胸郭の背面に浮遊するように位置し、多数の筋肉が起始・停止して肩関節や肩甲帯の運動を支えています。そのため、肩甲骨を理解することは、筋肉解剖学・神経走行・ツボ取穴を結びつける基盤になります。本記事では、肩甲骨の解剖学的特徴、代表的なランドマークの触診法、ツボとの関係、そして臨床での応用について詳しく解説し、鍼灸師が実技で即活用できる知識をまとめます。
肩甲骨の解剖学的特徴
肩甲骨(Scapula)は、三角形の扁平骨で、胸郭の背面に位置し、自由度の高い肩関節の運動に重要な役割を果たします。以下のような特徴を押さえておきましょう。
- 形態:三角形の扁平骨で、上縁・内側縁・外側縁から成り立つ。
- 関節:上腕骨と関節窩で肩関節を構成し、鎖骨と肩鎖関節で連結。
- 筋付着:僧帽筋、肩甲挙筋、菱形筋、大胸筋、小胸筋、広背筋など20種類以上の筋が付着。
- 可動性:肩甲骨自体が胸郭上をスライド・回旋することで、肩関節の広い可動域を実現。
👉 肩甲骨は「筋肉の交差点」であり、骨の触診ができると筋・神経・ツボの理解が一気に深まります。
主要ランドマークと触診ポイント
肩甲骨の触診は、ツボの正確な位置を決める上で必須です。特に臨床で多用するランドマークは以下の通りです。
- 肩甲棘(Spina scapulae)
- 肩甲骨後面を横断する突起。肩甲上窩と肩甲下窩を分ける。
- 触診法:肩を軽く前方に出させ、僧帽筋の下から水平に走る線を追う。
- 関連ツボ:肩外兪(BL41)、肩中兪(BL42)、肩井(GB21)との目安。
- 肩峰(Acromion)
- 肩甲棘の外側端。肩関節の最外側を形成。
- 触診法:肩関節の最も外側の出っ張りを触る。
- 関連ツボ:肩髃(LI15)、肩髎(TE14)など。
- 烏口突起(Processus coracoideus)
- 前方に突出する小さな突起。小胸筋・烏口腕筋の付着部。
- 触診法:鎖骨外側1/3から指を下げ、外側に滑らせると硬い突起に触れる。
- 関連ツボ:雲門(LU2)、肩前(経外奇穴)。
- 肩甲下角(Angulus inferior scapulae)
- 肩甲骨の下端。肩甲骨の回旋の基準点。
- 触診法:背部を前屈させ、肋骨上をなぞると触れる。
- 関連ツボ:膏肓(BL43)、天宗(SI11)の目安。
- 肩甲上角(Angulus superior scapulae)
- 内側上端。肩甲挙筋の付着部。
- 触診法:僧帽筋を外側に押し分けると触れる。
- 関連ツボ:肩中兪(BL42)、肩外兪(BL41)。
肩甲骨とツボの関係
肩甲骨の骨学的ランドマークを理解すると、肩周囲のツボの位置が格段に取りやすくなります。
- 肩井(GB21):肩峰と大椎を結ぶ線の中点。僧帽筋の最も盛り上がる部位。
- 肩髃(LI15):肩関節を外転させたときに現れる陥凹、肩峰前下方。
- 肩髎(TE14):肩関節外転時に現れる陥凹、肩峰後下方。
- 天宗(SI11):肩甲棘下窩の中央。肩甲骨の平面を感じながら取穴。
- 秉風(SI12):肩甲棘上窩の中央。肩甲棘と肩甲上角の間を基準に。
- 膏肓(BL43):肩甲内側縁と肩甲下角を基準に取穴。
👉 「骨 → 筋 → ツボ」の順に確認することで、取穴の正確性が飛躍的に向上します。
触診の実際
- 患者を座位にし、肩甲骨の可動を誘導(肩甲挙上・下制・内転・外転)
- 肩甲棘を水平にたどり、外側で肩峰に触れる
- 前方へ指を移動して烏口突起を確認
- 下縁をたどり、肩甲下角を触知
- ツボの位置を骨学的ランドマークに重ね合わせる
👉 触診の基本は「骨を触ってから筋肉・ツボを特定する」こと。骨を無視して筋を探すと位置が曖昧になります。
臨床応用
1. 肩こり
- 僧帽筋・肩甲挙筋の付着部をターゲットに。
- 肩井(GB21)、肩中兪(BL42)を骨基準で取穴。
2. 五十肩(肩関節周囲炎)
- 関節包の炎症が主因。肩峰・烏口突起周囲を基準に肩髃(LI15)、肩髎(TE14)を取穴。
3. 頸肩腕症候群
- 肩甲上角から内側縁の筋緊張を確認し、膏肓(BL43)、天宗(SI11)を使う。
4. 呼吸器疾患
- 膏肓(BL43)は「肺の要穴」とされ、肩甲下角を基準に正確に取穴することが重要。
まとめ
肩甲骨は「肩の地図」であり、鍼灸臨床に直結する最重要ランドマークの一つです。肩甲棘・肩峰・烏口突起・肩甲下角・肩甲上角を正確に触診できれば、肩周囲のツボを高い精度で取穴でき、肩こり・五十肩・頸肩腕症候群など幅広い臨床に応用可能です。学習の際は「骨を触って確認 → ツボを重ねる → 症状とつなげる」の順で整理し、実技に活かしてください。
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