鍼灸師のための解剖学入門③:肩甲骨の骨学と肩周囲のツボ

はじめに

肩甲骨は、鍼灸臨床において最も触れる機会の多い骨のひとつです。肩こり、肩関節周囲炎(五十肩)、頸肩腕症候群など、現代の臨床現場でよく訴えられる症状の多くに関わっており、その評価・施術に欠かせません。肩甲骨は胸郭の背面に浮遊するように位置し、多数の筋肉が起始・停止して肩関節や肩甲帯の運動を支えています。そのため、肩甲骨を理解することは、筋肉解剖学・神経走行・ツボ取穴を結びつける基盤になります。本記事では、肩甲骨の解剖学的特徴、代表的なランドマークの触診法、ツボとの関係、そして臨床での応用について詳しく解説し、鍼灸師が実技で即活用できる知識をまとめます。


肩甲骨の解剖学的特徴

肩甲骨(Scapula)は、三角形の扁平骨で、胸郭の背面に位置し、自由度の高い肩関節の運動に重要な役割を果たします。以下のような特徴を押さえておきましょう。

  • 形態:三角形の扁平骨で、上縁・内側縁・外側縁から成り立つ。
  • 関節:上腕骨と関節窩で肩関節を構成し、鎖骨と肩鎖関節で連結。
  • 筋付着:僧帽筋、肩甲挙筋、菱形筋、大胸筋、小胸筋、広背筋など20種類以上の筋が付着。
  • 可動性:肩甲骨自体が胸郭上をスライド・回旋することで、肩関節の広い可動域を実現。

👉 肩甲骨は「筋肉の交差点」であり、骨の触診ができると筋・神経・ツボの理解が一気に深まります。


主要ランドマークと触診ポイント

肩甲骨の触診は、ツボの正確な位置を決める上で必須です。特に臨床で多用するランドマークは以下の通りです。

  1. 肩甲棘(Spina scapulae)
    • 肩甲骨後面を横断する突起。肩甲上窩と肩甲下窩を分ける。
    • 触診法:肩を軽く前方に出させ、僧帽筋の下から水平に走る線を追う。
    • 関連ツボ:肩外兪(BL41)、肩中兪(BL42)、肩井(GB21)との目安。
  2. 肩峰(Acromion)
    • 肩甲棘の外側端。肩関節の最外側を形成。
    • 触診法:肩関節の最も外側の出っ張りを触る。
    • 関連ツボ:肩髃(LI15)、肩髎(TE14)など。
  3. 烏口突起(Processus coracoideus)
    • 前方に突出する小さな突起。小胸筋・烏口腕筋の付着部。
    • 触診法:鎖骨外側1/3から指を下げ、外側に滑らせると硬い突起に触れる。
    • 関連ツボ:雲門(LU2)、肩前(経外奇穴)。
  4. 肩甲下角(Angulus inferior scapulae)
    • 肩甲骨の下端。肩甲骨の回旋の基準点。
    • 触診法:背部を前屈させ、肋骨上をなぞると触れる。
    • 関連ツボ:膏肓(BL43)、天宗(SI11)の目安。
  5. 肩甲上角(Angulus superior scapulae)
    • 内側上端。肩甲挙筋の付着部。
    • 触診法:僧帽筋を外側に押し分けると触れる。
    • 関連ツボ:肩中兪(BL42)、肩外兪(BL41)。

肩甲骨とツボの関係

肩甲骨の骨学的ランドマークを理解すると、肩周囲のツボの位置が格段に取りやすくなります。

  • 肩井(GB21):肩峰と大椎を結ぶ線の中点。僧帽筋の最も盛り上がる部位。
  • 肩髃(LI15):肩関節を外転させたときに現れる陥凹、肩峰前下方。
  • 肩髎(TE14):肩関節外転時に現れる陥凹、肩峰後下方。
  • 天宗(SI11):肩甲棘下窩の中央。肩甲骨の平面を感じながら取穴。
  • 秉風(SI12):肩甲棘上窩の中央。肩甲棘と肩甲上角の間を基準に。
  • 膏肓(BL43):肩甲内側縁と肩甲下角を基準に取穴。

👉 「骨 → 筋 → ツボ」の順に確認することで、取穴の正確性が飛躍的に向上します。


触診の実際

  1. 患者を座位にし、肩甲骨の可動を誘導(肩甲挙上・下制・内転・外転)
  2. 肩甲棘を水平にたどり、外側で肩峰に触れる
  3. 前方へ指を移動して烏口突起を確認
  4. 下縁をたどり、肩甲下角を触知
  5. ツボの位置を骨学的ランドマークに重ね合わせる

👉 触診の基本は「骨を触ってから筋肉・ツボを特定する」こと。骨を無視して筋を探すと位置が曖昧になります。


臨床応用

1. 肩こり

  • 僧帽筋・肩甲挙筋の付着部をターゲットに。
  • 肩井(GB21)、肩中兪(BL42)を骨基準で取穴。

2. 五十肩(肩関節周囲炎)

  • 関節包の炎症が主因。肩峰・烏口突起周囲を基準に肩髃(LI15)、肩髎(TE14)を取穴。

3. 頸肩腕症候群

  • 肩甲上角から内側縁の筋緊張を確認し、膏肓(BL43)、天宗(SI11)を使う。

4. 呼吸器疾患

  • 膏肓(BL43)は「肺の要穴」とされ、肩甲下角を基準に正確に取穴することが重要。

まとめ

肩甲骨は「肩の地図」であり、鍼灸臨床に直結する最重要ランドマークの一つです。肩甲棘・肩峰・烏口突起・肩甲下角・肩甲上角を正確に触診できれば、肩周囲のツボを高い精度で取穴でき、肩こり・五十肩・頸肩腕症候群など幅広い臨床に応用可能です。学習の際は「骨を触って確認 → ツボを重ねる → 症状とつなげる」の順で整理し、実技に活かしてください。

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