鍼灸師のための内臓解剖学㉒:肝脾肺の三臓連携 ― 消化・呼吸・感情を統合する鍼灸の理論

はじめに

東洋医学では、五臓が互いに助け合い、抑制し合いながら全身のバランスを保つとされています。
中でも「肝・脾・肺」の三臓は、ストレス・消化・呼吸という現代人の不調に深く関わる中核的な連携系です。

肝は「気を疏泄し、情動を調える」、脾は「気血を生み、運化を司る」、肺は「気を主り、全身に分布させる」。
この三者の連動により、体内の気血はスムーズに巡り、心身は安定した状態を保ちます。

しかし、ストレス過多・不規則な生活・食生活の乱れなどにより、
肝の気が滞り、脾の働きが弱り、肺の気が浅くなることで「肝脾肺失調」が生じます。
これは、ストレス性胃腸障害・浅呼吸・倦怠感・情動不安定といった症状の根底にある状態です。

本記事では、肝脾肺の連携を構造的・機能的に整理し、
臨床での統合的アプローチを解剖学と鍼灸の両面から解説します。


1️⃣ 肝脾肺の解剖学的構造と機能連携

臓器主な位置機能鍼灸的意義
肝臓右上腹部解毒・代謝・胆汁分泌・血液貯蔵疏泄・情動・血流調整
脾臓左季肋下造血・免疫・栄養代謝運化・気血生成
胸腔内呼吸・酸素交換・免疫宣発粛降・気の配布

この三臓は横隔膜を介して立体的に連携しています。
横隔膜の上下運動により、肝血流が促進され、脾胃の蠕動が支えられ、肺の換気が円滑になります。
つまり、呼吸と消化のリズムは情動とも密接に関連しているのです。


2️⃣ 肝脾肺失調のメカニズム

● 東洋医学的視点

  • 肝気鬱結 → 気滞・情動不安・胃脹満
  • 脾気虚 → 消化不良・倦怠・下痢
  • 肺気虚 → 呼吸浅く、疲労・免疫低下
  • 三者連動 → 「気が上がらず、巡らず、降りない」状態

● 現代生理学的視点

ストレスによる交感神経過活動が続くと、横隔膜呼吸が浅くなり、
肝血流・消化機能が低下。これにより腸内環境が乱れ、免疫力も低下します。
呼吸が浅い人ほど腸内環境が悪化しやすく、情動コントロールも不安定になる——
この現象は、肝脾肺の三臓失調と一致します。


3️⃣ 肝脾肺を整える主要経穴

経穴名経絡位置主な作用
太衝(LR3)肝経 原穴足背 第1・2中足骨間ストレス緩和・気滞解消
足三里(ST36)胃経 合穴膝下3寸消化促進・免疫・補気作用
中府(LU1)肺経 募穴鎖骨下窩外方呼吸改善・胸のつかえ
膻中(CV17)任脈・気会両乳頭間中央呼吸・感情・自律神経調整
脾兪(BL20)膀胱経第11胸椎棘突起下縁消化・免疫・気血補充
肝兪(BL18)膀胱経第9胸椎棘突起下縁疏泄促進・筋緊張緩和
肺兪(BL13)膀胱経第3胸椎棘突起下縁呼吸調整・防衛気強化

前面(中府・膻中)で呼吸を整え、
背面(肝兪・脾兪・肺兪)で代謝と情動を安定させる。
さらに末梢(太衝・足三里)で全身の気血循環を活性化することで、
三臓のリズムを全体的に再構築できます。


4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点

  1. 胸部刺鍼は浅刺・外斜刺で安全確保
     → 中府・膻中は0.3〜0.5寸。肋間方向に沿わせる。
  2. 背部兪穴は呼吸に合わせて刺入
     → 吸気で刺入・呼気で抜鍼。副交感神経を誘導。
  3. 末梢経穴は補法で活性化
     → 足三里・太衝は軽い回旋刺激で気の巡りを促す。
  4. 温熱療法を併用
     → 脾兪・肝兪・足三里への温灸で消化・循環を補助。

5️⃣ 臨床応用

  1. ストレス性胃腸障害
     → 太衝+足三里+中府+脾兪で「気滞+気虚」を同時に改善。
  2. 浅呼吸・倦怠感・胸の圧迫感
     → 膻中+中府+足三里+肺兪で呼吸を深め代謝を活性化。
  3. 不安・緊張・ストレス過多
     → 太衝+膻中+神門+内関で情動の鎮静と呼吸調整。
  4. 慢性疲労・免疫低下
     → 脾兪+足三里+三陰交で気血を補い、全身の回復を促す。

まとめ

肝・脾・肺の三臓は、気血の生成と循環、そして情動調整を担う中心軸です。
肝が滞ると気が巡らず、脾が弱ると気が生まれず、肺が浅いと気が広がらない。
この三者のバランスが崩れることで、ストレス・疲労・呼吸の浅さといった現代的症状が現れます。

鍼灸では、太衝・足三里・中府・膻中・脾兪・肝兪・肺兪などを用いて、
三臓の働きを統合的に整えることが可能です。
呼吸・消化・感情を一体として捉えることで、
「全身が軽く、息が深い」状態へと導く——それが三臓調整の真髄です。

次回は、「腎脾肺の連携 ― 代謝と免疫を高める鍼灸的統合アプローチ」をテーマに、
冷え性・むくみ・呼吸器虚弱に対する応用を解説します。

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