はじめに
東洋医学では、肺と脾は「気血生成の中心」として密接に関係しています。
脾は飲食物を「水穀の精微」として吸収・転化し、肺はその精微を気として全身へ分布させます。
つまり、脾が物質的なエネルギーをつくり、肺がそれを呼吸を通じて全身に広げる——
この二者の連携によって、生命活動の基礎である気血の循環と免疫の維持が行われます。
しかし、過労・ストレス・冷え・加齢などで脾が弱ると気の生成が滞り、
肺が弱ると気の拡散がうまくいかなくなります。
その結果、倦怠感・息切れ・咳・食欲不振・免疫低下などの症状が現れます。
鍼灸師にとって、肺脾の関係を理解することは、
慢性疲労・アトピー・風邪をひきやすい体質など、
現代人の虚弱傾向を改善する上で欠かせない基礎知識です。
1️⃣ 肺脾の解剖学的構造と生理的関係
| 臓器 | 位置 | 主な機能 | 鍼灸的意義 |
|---|---|---|---|
| 肺 | 胸腔内、心臓の両側 | 呼吸・酸素交換・免疫 | 気の取り込み・発散・防衛 |
| 脾臓 | 左季肋下、胃の後方 | 造血・免疫・代謝 | 気血生成・消化吸収 |
解剖学的には、肺と脾は横隔膜を挟んで上下に位置し、
呼吸運動に伴って物理的・血流的に連携しています。
脾臓から門脈を通って肝臓へ送られる血液は、心臓を経て肺へ流れ、
そこで酸素を取り込むことでエネルギー代謝を完結させます。
このため、肺と脾は「栄養供給」と「酸素供給」を協調的に行い、
現代的にも代謝・免疫・血液循環の連動ユニットとして機能しています。
2️⃣ 肺脾不調のメカニズム
● 東洋医学的視点
- 脾気虚 → 気の生成不足 → 肺に気が届かず、呼吸浅く倦怠感
- 肺気虚 → 宣発粛降の低下 → 食欲不振・便秘・免疫低下
- 肺脾両虚 → 気血生成・免疫低下・慢性疲労
● 現代生理学的視点
ストレスや加齢により自律神経が乱れると、
呼吸の浅さと胃腸の機能低下が同時に進み、
全身のエネルギー代謝が低下します。
また、腸内環境が悪化することで免疫細胞の活動も低下し、
「息が浅く疲れやすい」「風邪をひきやすい」体質へとつながります。
3️⃣ 肺脾に関係する主要経穴
| 経穴名 | 経絡 | 位置 | 主な作用 |
|---|---|---|---|
| 肺兪(BL13) | 膀胱経 | 第3胸椎棘突起下縁 | 呼吸調整・免疫強化・咳改善 |
| 脾兪(BL20) | 膀胱経 | 第11胸椎棘突起下縁 | 消化促進・倦怠改善・免疫強化 |
| 中府(LU1) | 肺経 募穴 | 鎖骨下窩外方 | 呼吸改善・胸のつかえ・浅呼吸 |
| 足三里(ST36) | 胃経 | 膝下3寸 | 消化促進・免疫・エネルギー補充 |
| 太淵(LU9) | 肺経 原穴 | 手首横紋上橈側 | 呼吸深度・血流促進 |
| 三陰交(SP6) | 脾・肝・腎経交会 | 内果上3寸 | ホルモン・代謝・冷え改善 |
これらを前面(中府・足三里)と背面(肺兪・脾兪)で組み合わせることで、
呼吸と消化の両面を統合的に整えることができます。
4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点
- 胸部刺鍼は浅刺・斜刺
→ 中府は0.3〜0.5寸の浅刺。気胸防止のため肋骨方向に沿って外斜刺。 - 背部兪穴は呼吸に合わせて刺入
→ 肺兪・脾兪は吸気時刺入、呼気時抜鍼。副交感神経の活性化を誘導。 - 足三里は補法中心
→ 慢性疲労や免疫低下では軽刺激で補気。 - 温灸の併用で効果増強
→ 脾兪・三陰交・関元への温灸で陽気を補い、代謝を高める。
5️⃣ 臨床応用
- 慢性疲労・息切れ・倦怠感
→ 肺兪+脾兪+足三里+太淵で気の生成と循環を補う。 - 食欲不振・消化不良・便秘
→ 脾兪+中府+足三里で消化吸収と呼吸の連動を強化。 - 免疫低下・風邪をひきやすい
→ 肺兪+脾兪+風門+三陰交への温灸で防衛気を補う。 - ストレス・自律神経の乱れ
→ 中府+内関+神門で胸部緊張を緩め、呼吸を深める。
まとめ
肺脾の関係は、呼吸と消化をつなぐ生命の基礎です。
脾が気血を生み、肺がそれを全身に行き渡らせる。
この連携が乱れると、息切れ・倦怠・冷え・免疫低下といった「虚の症状」が生じます。
鍼灸では、肺兪・脾兪・中府・足三里・太淵などを中心に、
呼吸と消化の循環を立体的に整える施術が有効です。
脾を養い肺を助ける——これが「肺脾相生」の原理です。
次回は、「心肺の調整② ― 呼吸と感情を結ぶ自律神経系の理解」をテーマに、
呼吸リズム・感情変化・自律神経の鍼灸的統合を解説します。
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