はじめに
東洋医学における「心脾関係(しんぴかんけい)」は、感情と消化機能の連携を示す重要な理論です。
心は「神を蔵し血を主る」、脾は「気血を生じ運化を司る」とされ、
思考・記憶・感情・消化といった人間の精神生理活動の中心を成しています。
この二者の協調が保たれていると、精神は落ち着き、食欲や消化も良好に保たれます。
しかし、過度なストレス・心労・過思(考えすぎ)などによって脾が疲弊し、
気血が不足すると心への栄養供給が減り、心脾両虚(しんぴりょうきょ)が生じます。
これが、不眠・食欲不振・動悸・胃痛・集中力低下などの原因になります。
本記事では、心脾の関係を解剖学的・東洋医学的に整理し、
「思考と消化のバランス」を取り戻すための鍼灸アプローチを詳しく解説します。
1️⃣ 心脾の解剖学的関係
| 臓器 | 位置 | 主な機能 | 鍼灸的意義 | 
|---|---|---|---|
| 心臓 | 胸骨後方、縦隔中央 | 血液循環・神経制御・ホルモン調整 | 精神活動・血流調整 | 
| 脾臓 | 左季肋下、胃の後方 | 免疫・造血・代謝調整 | 気血生化・消化吸収 | 
心と脾は、循環系と代謝系の中枢として、
血液供給と栄養生成の両輪を担っています。
脾が生み出した気血を心が全身に巡らせることで、精神活動と消化機能が維持されるのです。
このため、脾の働きが低下すると心への血供給が不足し、
動悸・不眠・集中力低下・不安感といった症状が現れます。
逆に、心の興奮(心火亢進)が脾の働きを乱すと、胃痛・食欲不振・胸のつかえを引き起こします。
2️⃣ 心脾両虚のメカニズム
● 東洋医学的視点
- 脾気虚 → 気血の生成不足 → 心血虚を誘発 → 不眠・動悸・倦怠
 - 心血虚 → 精神の安定を失う → 不安・集中力低下・夢が多い
 - 両者の虚弱 → 消化と情動が同時に不調 → 「心脾両虚」状態
 
● 現代生理学的視点
ストレスにより自律神経が乱れると、消化管運動と血流が低下し、
セロトニン・ドーパミンなど神経伝達物質のバランスも崩れます。
これが「考えすぎて胃が痛くなる」状態を生理的に説明するメカニズムです。
3️⃣ 心脾に関係する主要経穴
| 経穴名 | 経絡 | 位置 | 主な作用 | 
|---|---|---|---|
| 心兪(BL15) | 膀胱経 | 第5胸椎棘突起下縁 | 動悸・不眠・精神安定 | 
| 脾兪(BL20) | 膀胱経 | 第11胸椎棘突起下縁 | 消化促進・免疫・倦怠改善 | 
| 神門(HT7) | 心経 | 手首横紋上、小指側 | 不安・不眠・情動安定 | 
| 足三里(ST36) | 胃経 | 膝下3寸 | 消化促進・エネルギー補充 | 
| 内関(PC6) | 心包経 | 手首横紋上2寸 | 胸のつかえ・ストレス緩和 | 
| 三陰交(SP6) | 脾・肝・腎経交会 | 内果上3寸 | 血流・ホルモン・リラックス促進 | 
これらを上焦(心)と中焦(脾)にまたがる形で組み合わせると、
「情動と消化」を同時に整える施術が可能になります。
4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点
- 背部兪穴の呼吸同調法
→ 心兪・脾兪は吸気で刺入、呼気で抜鍼。リラックスを促進。 - 手首経穴の浅刺
→ 神門・内関は0.3〜0.5寸。過刺激を避ける。 - 足三里・三陰交は補法中心
→ 消化とエネルギー循環を高める目的で、ゆるやかな刺激を行う。 - 慢性疲労・不眠には温灸を併用
→ 脾兪・関元への温熱刺激で陽気を補い、眠りを促す。 
5️⃣ 臨床応用
- ストレス性胃腸障害・食欲不振
→ 脾兪+足三里+内関。消化促進と自律神経調整。 - 不眠・動悸・夢が多い
→ 心兪+神門+三陰交。心血を補い神志を安定。 - 慢性疲労・集中力低下
→ 足三里+脾兪+関元。エネルギー生成を補助。 - 月経不順・貧血傾向
→ 脾兪+三陰交+太衝。血虚を補いホルモンを整える。 
まとめ
心脾の関係は、「思考」と「消化」を結びつける臓腑連携であり、
東洋医学が説く「心身一如」の中でも特に重要な関係です。
考えすぎ・ストレス・過労によってこのバランスが崩れると、
心が不安定になり、同時に胃腸の働きも低下します。
鍼灸では、心兪・脾兪・神門・足三里・内関などを用いて、
精神と消化の両面を同時に整える施術が可能です。
思考を落ち着かせ、胃腸を温めること——それが「心脾調和」の第一歩です。
次回は、「肺脾の関係 ― 呼吸と消化をつなぐ臓腑ネットワーク」をテーマに、
呼吸器系と消化器系の協調を高める鍼灸的アプローチを解説します。
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