鍼灸師のための内臓解剖学⑤:小腸と大腸の構造 ― 吸収と排泄を支える「第二の脳」の理解

はじめに

小腸と大腸は、単なる「消化の通り道」ではありません。
近年の研究では、腸が免疫・神経・ホルモンの機能を担う“第二の脳(セカンドブレイン)”であることが明らかになっています。
鍼灸臨床でも、腹部の張り・便秘・下痢・ガス溜まり・冷えなど、腸の状態に関わる訴えは非常に多く、患者の生活の質(QOL)に直結します。

小腸は栄養吸収の中心であり、大腸は水分吸収と排泄のコントロールを担います。
そして両者は、自律神経と腸内循環によって絶妙なバランスで調和しています。
本記事では、鍼灸師が安全かつ効果的に腹部へアプローチするために必要な、
小腸・大腸の解剖学的位置、構造、神経支配、そして臨床で活かせるツボの関係を詳しく解説します。


1️⃣ 小腸の構造と位置

小腸は十二指腸の続きで、空腸・回腸に分かれ、全長約6〜7m。
腹腔の中央部から下腹部を大きく占め、腸間膜によって後腹壁に吊り下げられています。

  • 空腸:上部2/5を占め、栄養吸収の中心(糖・アミノ酸・脂肪酸)
  • 回腸:下部3/5を占め、胆汁酸やビタミンB12の吸収を担う

腸壁は絨毛構造をもち、表面積は200㎡以上。
鍼灸的にはこの構造が「吸収・同化」を象徴し、脾経や胃経との関連が強い領域です。

支配神経

  • 交感神経:上腸間膜神経叢(T8〜T10)
  • 副交感神経:迷走神経
    → ストレス下では腸蠕動が抑制され、副交感優位で促進される。

血流

  • 上腸間膜動脈が主要供給源
  • 血流低下は「冷え」や「腹部膨満感」として臨床で現れる

2️⃣ 大腸の構造と位置

大腸は全長約1.5m。盲腸→上行結腸→横行結腸→下行結腸→S状結腸→直腸と続きます。
腹部全体をコの字に囲むように走行し、腹部経穴と極めて対応関係が深い構造です。

  • 右下腹部(盲腸部):虫垂が位置。天枢(ST25)よりやや下外方。
  • 右側腹部(上行結腸):大巨(ST27)〜府舎(ST13)付近。
  • 上腹部(横行結腸):胃体部の下縁〜臍上。
  • 左側腹部(下行結腸):腹結腸曲下に沿う。
  • 左下腹部(S状結腸):気海・関元〜中極付近。

支配神経

  • 交感神経:上・下腸間膜神経叢(T10〜L2)
  • 副交感神経:迷走神経(近位部)・骨盤神経(遠位部)

鍼灸での意義

自律神経の影響を最も受けやすく、便秘・下痢・過敏性腸症候群(IBS)などの治療で注目される。


3️⃣ 腸と経穴の関連

経穴名経絡位置主な作用
天枢(ST25)胃経・大腸募穴臍の外方2寸腹痛・便秘・下痢・腸機能調整
大巨(ST27)胃経臍下2寸の外方2寸下腹部の血流促進・便秘
上巨虚(ST37)胃経足三里の下6寸大腸機能調整・過敏性腸症候群
下巨虚(ST39)胃経外果上9寸小腸機能調整・下腹部緊張
関元(CV4)任脈臍下3寸生命力・免疫・腸蠕動促進
中極(CV3)任脈臍下4寸泌尿器・下腹部冷え・便秘

これらの経穴は腹腔内臓器の走行に一致しており、腸の動きや血流を整える要点です。


4️⃣ 鍼灸施術のポイント

  1. 腸の走行を意識した刺入角度
     → 天枢・大巨では外斜刺で腸管を避けつつ刺激。
  2. 呼吸と体位を利用した安全刺鍼
     → 吸気で臓器が下降するため、刺入は呼気で浅めに。
  3. 腹部温灸・低周波鍼通電
     → 腸蠕動促進と血流改善に有効。
  4. 背部兪穴との併用
     → 小腸兪(BL27)・大腸兪(BL25)を刺激し、前後調整。

5️⃣ 臨床応用

  1. 慢性便秘
     → 天枢・上巨虚・関元を用い、蠕動促進+副交感優位化。
  2. 下痢・過敏性腸症候群
     → 下巨虚・中脘・神門を組み合わせ、自律神経安定。
  3. 冷えとガス溜まり
     → 腹部温灸+足三里・気海で代謝・循環を調整。
  4. 腹部膨満・下腹部痛
     → 胃経ライン(天枢〜大巨)を軽刺激で流動を促す。

まとめ

小腸と大腸は、単なる消化管ではなく、感情・免疫・自律神経を統合する中枢的な臓器です。
腸の状態は「心の安定」「肌の調子」「睡眠」にまで影響し、まさに東洋医学でいう“脾胃の調和”の根幹です。

鍼灸師は、腸の位置と走行を正確に理解し、臓器を避けながらもその機能に働きかける技術を身につける必要があります。
天枢・上巨虚・関元といったツボは、安全な刺鍼ポイントであると同時に、腸のリズムを整える要所でもあります。

腸を整えることは、「人の感情を整えること」。
次回は、腎臓と副腎 ― 生命力とホルモンの源を理解する をテーマに、体の“根”を支える臓器構造を詳しく解説します。

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