はじめに
骨盤筋群は、身体の重心を支え、上半身と下半身をつなぐ「要(かなめ)」の領域です。大臀筋・中臀筋・小臀筋・梨状筋・大腿方形筋などがこのグループに属し、骨盤と股関節の安定、歩行動作の推進力、姿勢の維持に大きく関わります。これらの筋群は、ただ「座る・立つ・歩く」という日常動作を支えるだけでなく、腰背部や下肢の血流循環、自律神経の調整にも関与しています。
特に梨状筋は坐骨神経と隣接して走行しており、過緊張すると坐骨神経痛を引き起こす代表的な要因になります。また、長時間の座位や運動不足によって臀筋群が機能低下すると、骨盤の後傾・腰痛・下肢の冷えやむくみを誘発します。鍼灸臨床では、環跳・秩辺・殷門・承扶などのツボを用いて、骨盤周囲の筋緊張を緩和し、血流と神経伝達を改善することで、全身の軸を整えるアプローチが可能です。
骨盤筋群の解剖学的特徴
1. 大臀筋(Gluteus maximus)
- 起始:腸骨稜・仙骨・尾骨
- 停止:大腿骨殿筋粗面・腸脛靭帯
- 作用:股関節の伸展・外旋
- 臨床意義:腰痛・歩行障害・坐骨神経痛に関与
2. 中臀筋(Gluteus medius)
- 起始:腸骨翼外面
- 停止:大腿骨大転子
- 作用:股関節の外転・骨盤の安定
- 臨床意義:骨盤の傾き・歩行時のふらつき・膝痛との連動
3. 梨状筋(Piriformis)
- 起始:仙骨前面
- 停止:大腿骨大転子
- 作用:股関節の外旋・外転
- 臨床意義:坐骨神経痛・下肢しびれの主要因
4. 小臀筋・大腿方形筋
- 骨盤の微細な安定を担い、股関節の回旋動作を補助。
- 長時間の座位により拘縮しやすい。
触診のポイント
- 大臀筋:立位または伏臥位で収縮を確認。圧痛や硬結は慢性腰痛のサイン。
- 中臀筋:側臥位で骨盤外側上部を触診。押圧時の放散痛に注意。
- 梨状筋:仙骨外側から大転子に向けて走行。坐骨神経痛患者では圧痛強し。
- 承扶〜殷門ライン:下肢後面の放散痛評価に重要。
骨盤筋群と関連する代表的なツボ
- 環跳(GB30):大転子と仙骨裂孔の中点。坐骨神経痛・下肢麻痺に。
- 秩辺(BL54):第4仙孔外方3寸。腰臀部痛・坐骨神経痛に。
- 承扶(BL36):臀溝中央。大腿後面の緊張緩和に。
- 殷門(BL37):大腿後面中央。下肢の放散痛に有効。
- 陽関(GV3)/命門(GV4):骨盤の中心軸安定・冷え改善に。
👉 骨盤部は「足の太陽膀胱経」と「足の少陽胆経」が交差する要所であり、下肢・腰・自律神経を結ぶ中継点。
臨床応用
1. 坐骨神経痛
- 梨状筋・大臀筋の圧迫を解放。
- 環跳・秩辺・殷門・承扶を中心に刺鍼。
2. 骨盤の歪み・腰痛
- 中臀筋・小臀筋の左右バランスを調整。
- 命門・志室・環跳で骨盤安定を促す。
3. 下肢の冷え・むくみ
- 血流促進とリンパ循環改善。
- 承扶・委中・湧泉を組み合わせて施術。
4. 女性疾患・生理痛
- 骨盤内臓器への血流不全が原因。
- 関元・次髎・秩辺で子宮血流を整える。
学び方のステップ
- 骨盤のランドマークを確認:腸骨稜・仙骨・坐骨結節・大転子。
- 筋層の理解:大臀筋(表層)→中臀筋→梨状筋(深層)の位置関係を整理。
- ツボマッピング:環跳・秩辺・殷門・承扶の走行を把握。
- 臨床ケース練習:坐骨神経痛・骨盤歪み・下肢循環不全を想定して施術計画。
まとめ
骨盤筋群(大臀筋・中臀筋・梨状筋など)は、身体の重心と安定を司る筋群であり、歩行・姿勢・神経伝達の要です。これらの筋が硬直すると、坐骨神経痛や腰痛、下肢のしびれ・冷え・むくみなどが発生します。鍼灸では、環跳・秩辺・殷門・承扶などのツボを中心に施術することで、筋緊張の緩和・血流促進・神経圧迫の軽減を図ることができます。
さらに東洋医学の観点から見ると、骨盤周囲は「腎」と「肝」の働きと密接に関連しています。腎は生命力と生殖機能を司り、肝は気血の流れを調整します。骨盤筋群のバランスが整うことで、気血が円滑に循環し、腰・下肢・内臓・心の調和が取れるのです。鍼灸師が骨盤筋群を深く理解し、筋・経絡・内臓のつながりを意識した施術を行うことで、痛みの改善だけでなく、姿勢・循環・精神の安定をも導くことが可能になります。
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