鍼灸師のための解剖学入門㊳:頸部伸筋群(僧帽筋・板状筋)とツボ ― 頸部痛・頭痛・姿勢保持に活かす

はじめに

頸部伸筋群は、頭部を支え、頸椎を伸展させる筋群であり、現代人に多い肩こり・緊張型頭痛・ストレートネックに深く関与します。代表的な筋には僧帽筋上部線維・頭板状筋・頸板状筋・半棘筋群があり、後頸部から肩甲帯までを覆いながら、頭部の姿勢保持と安定化を担います。これらの筋が過緊張すると、頭部への血流や神経伝達が阻害され、頭痛・めまい・眼精疲労などの症状を引き起こすことがあります。鍼灸臨床においては、風池・天柱・完骨など後頸部の経穴と重ねて理解することで、局所治療と全身調整の両面に応用できます。

さらに頸部伸筋群は、姿勢の「後ろ側」を支える筋群として、体幹や骨盤との連動性が強いのも特徴です。猫背や頭部前方位姿勢が続くと、頸部伸筋群は常に引き伸ばされ緊張し、筋疲労や血流障害を生じやすくなります。この慢性的な緊張が頭痛や不眠、自律神経の乱れにまで発展するケースも少なくありません。鍼灸師にとって、頸部伸筋群の解剖学的理解は、肩こりや頭痛への対処だけでなく、全身バランスの調整や生活習慣病的な不調の改善にもつながる重要な学びとなるのです。


頸部伸筋群の解剖学的特徴

1. 僧帽筋(Trapezius, 上部線維)

  • 起始:後頭骨・項靭帯・頸椎棘突起
  • 停止:鎖骨外側1/3・肩峰・肩甲棘
  • 作用:肩甲骨挙上、頸部伸展
  • 臨床意義:肩こり・緊張型頭痛・頸部痛に関与

2. 頭板状筋(Splenius capitis)

  • 起始:項靭帯、C7〜T3棘突起
  • 停止:側頭骨乳様突起、後頭骨上項線外側部
  • 作用:同側回旋・側屈、両側で頭頸部伸展
  • 臨床意義:後頭部痛、眼精疲労、めまいに関与

3. 頸板状筋(Splenius cervicis)

  • 起始:T3〜T6棘突起
  • 停止:C1〜C3横突起
  • 作用:頭板状筋と同様に頸部伸展・回旋
  • 臨床意義:肩こり・頸部可動域制限に関連

4. 半棘筋群(Semispinalis capitis/cervicis)

  • 役割:頭部の細かな伸展・安定性を担う
  • 臨床意義:後頭部の圧迫感、緊張型頭痛

触診のポイント

  1. 僧帽筋上部:肩をすくめると盛り上がる部位。
  2. 頭板状筋:後頭部から側頭骨乳様突起に走行。
  3. 頸板状筋:僧帽筋の深層、後頸部を側方から触診。
  4. 半棘筋:後頭部中央〜頸部深層に位置、触診はやや難しい。

頸部伸筋群と関連する代表的なツボ

  • 風池(GB20):後頭部、胸鎖乳突筋と僧帽筋の間。頭痛・眼精疲労に。
  • 天柱(BL10):僧帽筋外縁の後頭部。肩こり・頭痛に。
  • 完骨(GB12):乳様突起後方。めまい・不眠に。
  • 大椎(GV14):C7棘突起下。自律神経調整に。
  • 肩井(GB21):肩甲骨上部。肩こり・ストレス症状に。

👉 後頸部ツボは頭痛や肩こりだけでなく、自律神経・眼精疲労・不眠に有効。


臨床応用

1. 肩こり・緊張型頭痛

  • 僧帽筋・頭板状筋の過緊張が原因。
  • 風池・天柱・肩井を中心に施術。

2. ストレートネック

  • 頸部伸筋の硬直で可動域制限。
  • 完骨・大椎を組み合わせて施術。

3. めまい・眼精疲労

  • 頭板状筋の緊張で後頭部〜眼への血流低下。
  • 風池・天柱・太陽と組み合わせる。

4. 自律神経失調・不眠

  • 頸部伸筋群と後頸部ツボの調整が有効。
  • 大椎・完骨を用いて全身調整。

学び方のステップ

  1. 骨指標を確認:後頭骨・頸椎棘突起を基準に。
  2. 筋収縮を観察:頭部伸展・側屈で筋の活動を確認。
  3. ツボをマッピング:風池・天柱・完骨をラインに描く。
  4. 症例練習:肩こり・頭痛・不眠を想定し施術プランを作成。

まとめ

頸部伸筋群(僧帽筋・板状筋・半棘筋など)は、頭頸部の安定と姿勢保持に欠かせない筋群です。これらが過緊張すると、肩こりや頭痛だけでなく、めまい・不眠・眼精疲労といった全身症状に広がる可能性があります。鍼灸臨床では、風池・天柱・完骨などのツボを正確に捉えることで、局所的な筋緊張緩和とともに、自律神経の調整を含めた包括的な施術が可能です。

加えて頸部伸筋群は、頭部と体幹をつなぐ「橋渡し」としての役割を持ち、全身の姿勢連鎖に大きく影響します。日常的な不良姿勢や長時間のデスクワークは、これらの筋群の機能低下を招き、慢性的な痛みや不調の温床となります。鍼灸施術を通じて頸部伸筋群を調整することは、単なる症状の軽減にとどまらず、患者の姿勢改善や生活の質向上に直結します。さらにセルフケア指導や生活習慣改善と組み合わせることで、治療効果を持続させ、再発予防にもつながります。頸部伸筋群を正しく理解し施術に活かすことは、鍼灸師にとって臨床の幅を広げる大きな力となるでしょう。

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