はじめに:たった1回の事故が、経営と信用を失わせることも
「施術後に悪化した」「内出血がひどい」「感染したかもしれない」
こうした患者トラブルが起きたとき、どう対応するかで院の信頼と存続が決まります。
鍼灸は身体に直接作用する医療類似行為であり、重大事故が発生するリスクもゼロではありません。
このリスクに備えるために、**鍼灸師向けの賠償責任保険(施術賠償保険)への加入は“必須の備え”**です。
本記事では、賠償責任保険の基本と選び方、事故発生時の適切な初動対応フローを実務ベースで解説します。
トラブルを“未然に防ぐ”だけでなく、“起きた後にどう守るか”まで整えておきましょう。
要点まとめ
- 賠償責任保険は、施術中の事故・感染・器具破損などの損害賠償に備える保険
- 個人開業・法人経営いずれも加入必須
- 選ぶべき補償は「施術事故」「施設管理責任」「情報漏えい」までカバーしていること
- トラブル発生時は、記録保存・関係各所連絡・患者対応が初動の基本
- 保険未加入だと、数百万円〜数千万円単位の賠償リスクも
1. 鍼灸師が加入すべき賠償責任保険とは?
鍼灸師向けの賠償責任保険は、施術による偶発的事故で第三者に損害を与えた場合、その損害賠償金や訴訟費用などを補償する制度です。
多くは以下のような名称で提供されています。
- 鍼灸師賠償責任保険(施術賠償保険)
- 医療従事者総合保険
- 鍼灸師職業賠償責任保険 など
✅ 保険で補償される主なリスク:
リスク | 具体例 |
---|---|
施術ミス | 神経損傷、内出血、感染、火傷など |
施設責任 | 来院者の転倒、設備による怪我 |
器具の落下・誤使用 | 鍼の破損・置き鍼の取り忘れなど |
情報漏えい | 問診票の紛失、LINE予約情報の流出など(※対応保険に限る) |
2. 保険選びのポイント|最低限カバーすべき補償範囲
✅ 鍼灸院が見るべき5つの補償ポイント:
項目 | 内容 | 推奨レベル |
---|---|---|
補償限度額 | 1事故あたりいくらまで補償されるか | 3,000万円〜1億円程度が目安 |
年間保険料 | 年額1万〜3万円程度が一般的 | 安すぎるものは要注意 |
免責金額 | 自己負担額の有無(例:1万円) | 免責なし or 少額が理想 |
施設賠償責任の有無 | 院内の設備・床・什器の事故に対応できるか | 有りを推奨 |
情報漏えい補償 | 個人情報流出などに対応 | 可能なら付帯を推奨(LINE予約・カルテ管理の観点から) |
💡 公益社団法人日本鍼灸師会の会員保険制度を利用すると、職業賠償保険に加入できます(年会費とセット)。
3. トラブル発生時の初動対応フロー【保存版】
✅ 初動でやるべき5ステップ
ステップ | 内容 | 備考 |
---|---|---|
① 状況を正確に把握 | 何が・いつ・どのように起きたか確認 | 記録は「事実のみ」「詳細に」残す |
② 患者への謝意と状態確認 | 感情的にならず、事実ベースで誠実に対応 | ※謝罪=過失認定ではない |
③ 写真・記録の保全 | 該当部位・使用器具・施術メモなどを記録 | 保険請求・説明用に必要 |
④ 保険会社に連絡 | 加入保険の連絡窓口へ速やかに報告 | 時間経過により補償外となる場合あり |
⑤ 必要に応じ医療機関を案内 | 外傷や感染がある場合は医療機関受診を提案 | 費用負担などは保険判断に委ねる |
4. よくある事故ケースと保険対応の可否
事故例 | 保険対応 | 解説 |
---|---|---|
鍼が折れて皮膚に残った | ○ | 施術事故として対応可能 |
内出血が強く残った | △ | 明らかな過失が問われる場合に限り対応されることが多い |
火傷(お灸の不注意) | ○ | 施術ミスに該当 |
高齢者が院内で転倒 | ○(施設賠償責任ありの場合) | スリッパ・床の管理責任が問われる可能性あり |
問診票を紛失 | △ or × | 情報漏えい補償がある保険であれば対応可能 |
5. 院内整備に使えるチェックリスト
チェック項目 | OK/NG | 備考 |
---|---|---|
賠償責任保険に加入しているか | □ OK □ NG | 施術者個人でも必須 |
補償範囲に「施設責任」「情報漏えい」が含まれているか | □ OK □ NG | リスクの多様化に対応 |
事故発生時の記録フォーマットがあるか | □ OK □ NG | ヒヤリ・ハット報告書などで運用 |
スタッフに初動対応の共有がされているか | □ OK □ NG | 定期的な研修で実施推奨 |
保険証書・連絡先をすぐに確認できる場所に保管しているか | □ OK □ NG | 緊急時対応に直結 |
よくある質問(FAQ)
Q:鍼灸師が個人で加入できる保険はありますか?
A:はい。日本鍼灸師会・民間の損害保険会社などが提供する個人向け職業賠償保険があります。
Q:患者からの損害賠償請求はよくあるの?
A:頻度は高くありませんが、実際に鍼の破損・火傷・感染症などの事例で訴訟に発展した例もあります。
Q:保険料を経費計上できますか?
A:可能です。事業関連の損害保険料は「損害保険料」として経費に計上できます(税務署確認推奨)。
まとめ:備えていればこそ、“もしも”のときに誠実な対応ができる
事故やトラブルは、予防しても100%避けられるものではありません。
しかし、備えておくことで「被害の拡大」と「信頼の損失」は防ぐことができます。
賠償責任保険は、施術者の経営・信用・法的リスクを守る最重要セーフティネットです。
また、患者への丁寧な説明や初動対応の整備も、“信頼される院”づくりの土台となります。
本記事を参考に、以下の対応を今すぐご検討ください:
- 加入中の保険内容の再確認
- 補償範囲と事故時フローの院内共有
- ヒヤリ・ハット報告書の整備と運用
「まさか」の事態にこそ、“ちゃんと備えていたか”が問われます。
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