肩こりや頸部の痛みに対する疾患別の鍼灸アプローチ|症状と原因に応じた施術法

はじめに

肩こりは、多くの人が抱える不調の一つですが、その原因や症状の重さは人それぞれです。肩こりを引き起こす疾患はさまざまで、適切な治療を行うには、その原因に応じたアプローチが必要です。

鍼灸は、肩こりの根本原因に働きかける治療法として、筋肉の緊張をほぐし、血行を促進し、自律神経を整える効果が期待できます。本記事では、肩こりを引き起こす代表的な疾患と、それぞれに対応する鍼灸の施術法を解説します。


肩こりを引き起こす主な疾患と鍼灸のアプローチ

1. 筋筋膜性疼痛症候群(MPS)

筋筋膜性疼痛症候群(Myofascial Pain Syndrome, MPS)は、筋肉とその周囲の筋膜に起因する慢性的な痛みを特徴とする状態です。この症候群では、筋肉内に「トリガーポイント」と呼ばれる過敏な部位が形成され、これが痛みやこりの原因となります。トリガーポイントは圧迫すると痛みを感じ、時には関連する他の部位に放散痛を引き起こすこともあります。

MPSの原因は明確ではありませんが、長時間の不良姿勢、筋肉の過度な使用、ストレス、外傷などが関与していると考えられています。診断は主に臨床評価に基づき、画像診断では明確な異常が見られないことが多いです。

治療法としては、鍼灸治療や物理療法(ストレッチング、マッサージ、温熱療法)、薬物療法(鎮痛薬、筋弛緩薬)、さらにはトリガーポイントへの注射療法などが挙げられます。また、姿勢の改善やストレス管理、適切なエクササイズも症状の緩和に有効です。早期の対応と継続的なケアによって、症状の改善が期待できます。

特徴
  • 筋肉や筋膜の硬結(しこり)が原因で起こる肩こり。
  • 痛みが広がりやすく、圧痛点(トリガーポイント)が特徴。
鍼灸のアプローチ
  • 主要なツボ:「肩井(けんせい)」「肩外兪(けんがいゆ)」「天宗(てんそう)」
  • 施術法:トリガーポイントを直接刺激し、硬結をほぐします。血流を促進し、痛みやコリを軽減します。

2. 頚椎症

頸椎症(けいついしょう)は、首の骨である頸椎の変性や老化により、首や肩、腕に痛みやしびれ、筋力低下などの症状が現れる疾患です。頸椎の椎間板が劣化したり、骨棘(こつきょく)が形成されることで、神経根や脊髄が圧迫され、これらの症状が生じます。原因は主に加齢によるものですが、長時間の不良姿勢や首への過度な負担、外傷なども関与します。

診断には、問診や身体検査のほか、X線、MRI、CTなどの画像検査が用いられ、神経伝導速度検査で神経の障害を評価することもあります。治療方法としては、鍼灸治療や薬物療法(鎮痛薬、抗炎症薬、筋弛緩薬)、理学療法(ストレッチ、筋力トレーニング、温熱療法)、装具療法(頸椎カラーの装着)などが挙げられます。症状が重い場合や保存的治療で効果がない場合は、手術療法が検討されます。

予防策としては、正しい姿勢の保持、適度な運動、首や肩のストレッチ、重い荷物を持つ際の注意などが重要です。また、定期的な健康チェックにより早期発見・早期治療を行うことで、症状の進行を抑えることが可能です。

特徴
  • 頚椎(首の骨)の変形や神経圧迫が原因で起こる肩こり。
  • 首から肩甲骨周辺にかけての痛みやしびれを伴う場合がある。
鍼灸のアプローチ
  • 主要なツボ:「風池(ふうち)」「肩井」「天柱(てんちゅう)」
  • 施術法:頚椎周囲の筋肉の緊張を緩和し、神経圧迫を軽減します。温灸を併用して血行を促進し、症状を和らげます。

3. 自律神経失調症

自律神経失調症は、自律神経系のバランスが乱れることで、さまざまな身体的・精神的な症状を引き起こす状態です。自律神経系は交感神経と副交感神経から構成され、心拍数や血圧、消化活動、体温調節などを無意識にコントロールしています。ストレスや生活習慣の乱れ、過労、不規則な睡眠などが原因でこのバランスが崩れると、動悸、めまい、発汗異常、消化不良、不眠、倦怠感、情緒不安定など多岐にわたる症状が現れます。

診断は主に症状の詳細な聞き取りと他の疾患の除外によって行われます。治療には、生活習慣の改善が重要で、適度な運動、バランスの良い食事、十分な睡眠、ストレス管理が推奨されます。また、リラクゼーション法やカウンセリング、必要に応じて薬物療法、鍼灸治療が用いられることもあります。早期に適切な対応を行うことで、症状の緩和や再発防止につながります。

特徴
  • ストレスや生活リズムの乱れによる肩こり。
  • 頭痛やめまい、疲労感を伴うことが多い。
鍼灸のアプローチ
  • 主要なツボ:「百会(ひゃくえ)」「内関(ないかん)」「三陰交(さんいんこう)」
  • 施術法:自律神経を整えるため、全身の経絡を調整します。リラックス効果のあるツボを刺激し、筋緊張の軽減を図ります。

4. 五十肩(肩関節周囲炎)

五十肩(肩関節周囲炎)は、肩関節周辺の組織に炎症が起こり、痛みや可動域の制限を生じる疾患です。特に40代から60代の人に多く見られ、肩を動かす際の痛みや、腕を上げたり背中に手を回したりする動作が困難になることが特徴です。初期症状として、肩の違和感や軽い痛みがあり、進行すると夜間に痛みが増すこともあります。

原因ははっきりとは分かっていませんが、加齢による組織の変性、過度な肩の使用、糖尿病や甲状腺疾患などの全身的な要因が関与していると考えられています。診断は、症状の聞き取りや身体検査によって行われ、X線やMRIなどの画像検査で他の疾患を除外します。

治療の目的は、痛みの軽減と肩の機能回復です。具体的な治療法として、鍼灸治療などの温熱療法や超音波療法などの物理療法、ストレッチや運動療法によるリハビリテーション、鎮痛薬や抗炎症薬の投与が挙げられます。症状が重い場合や改善が見られない場合は、関節内へのステロイド注射や手術が検討されることもあります。早めの対応と継続的なリハビリにより、多くの場合、症状の改善が期待できます。

特徴
  • 肩の関節や筋肉、腱に炎症が起こり、肩こりとともに腕の挙上や動作が制限される。
  • 炎症期、凍結期、回復期と進行する。
鍼灸のアプローチ
  • 主要なツボ:「肩髃(けんぐう)」「曲池(きょくち)」「天宗」
  • 施術法:炎症期は刺激を抑えた施術を行い、回復期には筋肉の柔軟性を回復させる施術を中心に行います。肩関節の動きを改善し、痛みを軽減します。

5. 血行不良・冷え性による肩こり

血行不良や冷え性が原因で起こる肩こりは、特に女性や冷え性体質の人に多く見られます。血液の循環が悪くなると、筋肉に十分な酸素や栄養が届かず、老廃物も蓄積しやすくなります。その結果、筋肉が硬直し、肩こりや疲労感を引き起こします。冷えによって血管が収縮すると、さらに血行が悪化し、症状が悪循環に陥ることがあります。

このような肩こりを改善するためには、全身の血流を促進することが重要です。具体的な対策として、適度な運動やストレッチ、温かい入浴で体を温めることが効果的です。また、バランスの良い食事や十分な睡眠も体質改善に寄与します。生姜や唐辛子など、体を温める食品を積極的に摂取することもおすすめです。

衣類の選択にも注意が必要で、特に首や肩を冷やさないようにマフラーやストールを活用すると良いでしょう。さらに、ストレスは血行不良の一因となるため、リラクゼーションや趣味の時間を設けて心身のリフレッシュを図ることも大切です。リラクゼーションなどには鍼灸がおすすめです。これらの対策を継続的に行うことで、血行不良・冷え性による肩こりの改善が期待できます。

特徴
  • 血流が悪くなることで、肩の筋肉が硬直し、痛みや重だるさを感じる。
  • 女性やデスクワークの多い人に多い。
鍼灸のアプローチ
  • 主要なツボ:「曲池」「合谷(ごうこく)」「大椎(だいつい)」
  • 施術法:温灸や火鍼を併用し、冷えを解消して血流を促進します。全身の温活をサポートするセルフケアも指導します。

6. ストレートネック

ストレートネックは、首の自然な前弯(前方向への湾曲)が失われ、頸椎が真っ直ぐな状態になる症状を指します。これは長時間のスマートフォンやパソコンの使用、不適切な姿勢、下を向く作業の繰り返しなどが原因で起こります。首の湾曲が失われると、頭の重みが直接首や肩に負担をかけ、首や肩のこり、頭痛、めまい、手や腕のしびれなどの症状が現れることがあります。

診断はX線やMRIなどの画像検査によって行われ、頸椎の湾曲状態を確認します。治療としては、まず姿勢の改善が重要で、デスクワーク時のモニターの高さを目線と同じにする、長時間同じ姿勢を避けて適度に休憩を取るなどの対策が推奨されます。また、鍼灸治療、首や肩の筋肉をほぐすストレッチやエクササイズ、理学療法による筋力強化も効果的です。

予防には、日常生活での姿勢意識が欠かせません。スマートフォンを見る際は目の高さに持ち上げる、寝るときの枕の高さを調整するなど、首への負担を減らす工夫が求められます。適切な生活習慣と姿勢の維持により、ストレートネックの進行を防ぎ、症状の緩和が期待できます。

特徴
  • 長時間のスマートフォンやデスクワークで、首の湾曲が失われた状態。
  • 首や肩に強い負担がかかり、慢性的な肩こりを引き起こす。
鍼灸のアプローチ
  • 主要なツボ:「風池」「天柱」「肩井」
  • 施術法:首周辺の緊張を緩和し、正しい姿勢をサポートします。生活習慣の改善を提案し、再発予防を目指します。

鍼灸による肩こり改善のポイント

1. 全身調整の重要性

肩こりが局所的な問題であっても、鍼灸では全身の経絡を調整することを重視します。特に、首や肩だけでなく、腰や下肢の状態を整えることで、症状改善と再発予防を図ります。

2. 症状に応じた刺激の調整

急性期には優しい刺激で痛みを和らげ、慢性期には深部の筋肉やトリガーポイントを的確に刺激して筋緊張を解消します。

3. セルフケアの指導

鍼灸治療と併せて、肩回りのストレッチや温活を指導することで、日常的なケアが可能になります。


セルフケアの提案

1. 肩回りのストレッチ

  • 両肩を大きく回したり、肩甲骨を寄せる動作を日常的に取り入れましょう。

2. 温めるケア

  • 肩や首に温湿布を使用する、入浴で全身を温めるなど、血行促進を意識したケアを行います。

3. 正しい姿勢の維持

  • デスクワークやスマートフォンの操作時は、首や肩に負担をかけない姿勢を心がけます。

まとめ

肩こりは単なる疲労ではなく、さまざまな疾患が原因で引き起こされる場合があります。鍼灸は、それぞれの原因に応じたツボや施術法を活用し、根本的な改善を目指す治療法です。

肩こりに悩む方は、鍼灸治療を通じて、体全体のバランスを整え、快適な日常生活を取り戻しましょう。セルフケアを併せて行うことで、さらに効果を高めることができます。


他の肩こりに関してはコチラ
👉夏目漱石と肩こりの意外な関係:語源の起源から鍼灸の効果まで

👉鍼灸師の先輩が実践!経絡経穴を楽しく覚える8つの効果的な学習法

開業鍼灸師のためのお役立ちメディア「カルテラス」へのリンク
鍼灸柔整キャリアラボへのリンク
鍼灸関連学会・セミナー・イベント
鍼灸師・あんまマッサージ指圧師・柔道整復師を目指す全国養成校 大学・専門学校一覧のバナーリンク

この記事を書いた人

アバター

日本鍼灸大学

日本鍼灸大学は「世間と鍼灸を学問する」をコンセプトに有志の鍼灸師とセイリン株式会社が立ち上げたWebとYouTubeチャンネルです。普段、世間話と鍼灸学のお話しを井戸端会議的に気軽に楽しめる内容に仕立て日本鍼灸の奥深さを鍼灸学生に向けて提供します。
※当サイトは学校教育法に則った大学施設ではありません。文部科学省の指導の元、名称を使用しています。

2023年より鍼灸柔整キャリアラボを試験的にスタート!鍼灸柔整キャリアラボは『詳細はこちら』ボタンからアクセス。