鍼灸師のための解剖学入門㊲:頸部屈筋群(胸鎖乳突筋・斜角筋)とツボ ― 頸部痛・呼吸補助・自律神経症状に活かす

はじめに

頸部屈筋群は、頭部と頸部の前面に位置し、頸椎を安定させるとともに頭部の前屈や回旋を担う重要な筋群です。代表的な筋には胸鎖乳突筋斜角筋群(前・中・後斜角筋)があり、日常動作だけでなく呼吸補助筋としても大きな役割を果たします。これらの筋の緊張は、肩こり・頸部痛・頭痛・自律神経症状を引き起こす要因となり、臨床現場で施術対象となる頻度が非常に高い部位です。鍼灸臨床では、天鼎・扶突・天窓・人迎などのツボと関連づけて理解することで、筋と経絡を統合した治療が可能になります。

さらに頸部屈筋群は、単なる頭部運動のための筋群にとどまらず、現代人の生活習慣とも密接に結びついています。スマートフォンやパソコン使用時の「ストレートネック」や「スマホ首」は胸鎖乳突筋や斜角筋の過緊張を招き、頸椎の変形や慢性的な肩こりを引き起こす大きな原因です。また、呼吸補助筋としての役割から、自律神経の働きや呼吸の深さにも影響し、ストレス症状や睡眠障害といった全身的な不調にまで波及します。鍼灸師が頸部屈筋群を正しく評価・施術することは、現代社会の健康課題に対応するうえで非常に重要なテーマといえるでしょう。


頸部屈筋群の解剖学的特徴

1. 胸鎖乳突筋(Sternocleidomastoid)

  • 起始:胸骨柄、鎖骨内側1/3
  • 停止:側頭骨乳様突起、後頭骨上項線外側部
  • 作用:同側側屈、反対側回旋、両側で頸部屈曲
  • 臨床意義:緊張性頭痛、頸部痛、めまい、耳鳴りに関連

2. 斜角筋群(Scalenes)

  • 起始:頸椎横突起(C2〜C7)
  • 停止:第1肋骨(前・中斜角筋)、第2肋骨(後斜角筋)
  • 作用:頸部屈曲・側屈、吸息補助
  • 臨床意義:胸郭出口症候群、呼吸補助障害に関連

3. 舌骨下筋群(補助的)

  • 役割:頸部安定と嚥下補助
  • 臨床意義:嚥下障害や発声障害と関与

触診のポイント

  1. 胸鎖乳突筋:首を反対側に回旋すると明瞭に浮き出る。
  2. 前斜角筋:鎖骨上窩で胸鎖乳突筋の深層に触れる。
  3. 中斜角筋:胸鎖乳突筋の後方で触診。第1肋骨に停止。
  4. 後斜角筋:触診は困難だが、肩甲挙筋との境界で確認。

頸部屈筋群と関連する代表的なツボ

  • 天鼎(LI17):胸鎖乳突筋の後縁。咽頭炎・呼吸困難に。
  • 扶突(ST10):胸鎖乳突筋の中点。咳嗽・喘息に。
  • 天窓(SI16):胸鎖乳突筋後縁。頭痛・耳鳴りに。
  • 人迎(ST9):胸鎖乳突筋前縁、頸動脈拍動部。高血圧・自律神経症状に。
  • 気舎(ST11):鎖骨上窩。呼吸補助・嚥下障害に。

👉 頸部のツボは呼吸・循環・自律神経と直結しており、臨床的意義が大きい。


臨床応用

1. 頸部痛・肩こり

  • 胸鎖乳突筋・斜角筋の過緊張が原因。
  • 天鼎・天窓を用いて局所の緊張緩和。

2. 呼吸補助・胸郭出口症候群

  • 斜角筋の過緊張で腕神経叢圧迫。
  • 扶突・気舎を刺激して呼吸補助を改善。

3. 自律神経症状(めまい・耳鳴り・高血圧)

  • 胸鎖乳突筋と人迎の関連。
  • 自律神経バランス改善を図る。

4. 嚥下障害・発声障害

  • 舌骨下筋群と関連ツボを利用。
  • 中心気舎・天突との組み合わせが有効。

学び方のステップ

  1. 首の骨指標を確認:胸骨・鎖骨・頸椎を触診。
  2. 筋収縮を観察:回旋・側屈で胸鎖乳突筋を確認。
  3. ツボをマッピング:胸鎖乳突筋前後縁に沿ってツボを描く。
  4. 症例練習:頸部痛・胸郭出口症候群・自律神経失調をモデルに施術プランを作成。

まとめ

頸部屈筋群(胸鎖乳突筋・斜角筋)は頭部保持と呼吸補助、自律神経調整に不可欠な筋群です。これらの筋の緊張や不調は、肩こりや頸部痛だけでなく、めまい・耳鳴り・呼吸障害・高血圧といった全身症状に直結します。鍼灸臨床では、天鼎・扶突・天窓・人迎など胸鎖乳突筋周囲のツボと結びつけて施術することで、局所治療にとどまらず、自律神経系を含めた包括的な治療が可能です。

加えて、頸部屈筋群は姿勢・呼吸・循環を結ぶ「ハブ」としての役割を持ちます。そのため、この筋群へのアプローチは単に首や肩の症状を改善するだけでなく、全身的なコンディショニングや心身のリラックス効果につながります。特にデスクワークやデジタル機器使用が増える現代においては、頸部屈筋群の緊張を緩和し、呼吸の深さを取り戻すことが患者の健康増進に直結します。鍼灸師は、頸部屈筋群を解剖学と経穴の両面から理解し、臨床に応用することで、患者の生活の質をより長期的に高めることができるのです。

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