鍼灸師のための解剖学入門㊱:呼吸筋群(横隔膜・肋間筋・胸鎖乳突筋など)とツボ ― 呼吸機能と自律神経調整

はじめに

呼吸は生命活動の根幹であり、その運動を担うのが呼吸筋群です。主要な呼吸筋には、横隔膜・外肋間筋・内肋間筋があり、補助呼吸筋として胸鎖乳突筋・斜角筋・腹筋群も関与します。これらの筋群は呼吸リズムを調整するだけでなく、自律神経系とも密接に結びついており、ストレスや姿勢不良が筋緊張や浅い呼吸を招くことも少なくありません。鍼灸臨床では、膻中・天突・中府・膈兪など胸部・腹部のツボと呼吸筋群を関連づけて施術することで、呼吸機能改善・自律神経調整・全身リラクゼーションに応用できます。本記事では、呼吸筋群の解剖、触診法、ツボとの関連、臨床応用を詳しく整理します。

さらに呼吸筋群は、単なる吸気・呼気の動作を超え、姿勢保持・血流循環・リンパの流れにも影響を与える全身調整の要です。横隔膜は「第二の心臓」とも呼ばれ、吸気時の下降運動が静脈還流を助け、全身循環を促します。また、浅い呼吸や呼吸筋の機能低下は、自律神経の乱れ・慢性疲労・精神的緊張を引き起こす要因となります。鍼灸師が呼吸筋群を正しく理解しアプローチできれば、局所症状の改善にとどまらず、患者のQOLを包括的に向上させることができるのです。


呼吸筋群の解剖学的特徴

1. 横隔膜(Diaphragm)

  • 起始:胸骨部=剣状突起、肋骨部=第7〜12肋軟骨、腰椎部=腰椎体
  • 停止:腱中心
  • 作用:吸息の主動筋、胸腔拡大
  • 臨床意義:呼吸不全、逆流性食道炎、姿勢不良に関連

2. 外肋間筋(External intercostals)

  • 起始・停止:隣接肋骨間に走行
  • 作用:吸息補助、肋骨挙上
  • 臨床意義:胸郭運動制限、肋間神経痛に関連

3. 内肋間筋(Internal intercostals)

  • 起始・停止:隣接肋骨間に走行(外肋間筋の深層)
  • 作用:呼息補助、肋骨下降
  • 臨床意義:咳嗽、呼吸困難に関連

4. 胸鎖乳突筋(Sternocleidomastoid)・斜角筋(Scalene)

  • 作用:強制吸息時に胸郭を引き上げる
  • 臨床意義:呼吸補助筋として過緊張しやすく、ストレス性呼吸障害に関与

5. 腹筋群(腹直筋・腹斜筋・腹横筋)

  • 作用:強制呼息(咳・排便・出産時)
  • 臨床意義:呼吸筋群との連携で腹圧を調整

触診のポイント

  1. 横隔膜:直接触診は困難。呼吸に合わせて肋骨下部の動きを観察。
  2. 肋間筋:肋骨間に指を軽く当て、呼吸に伴う緊張を確認。
  3. 胸鎖乳突筋:首を反対側に回旋・側屈すると隆起して触知可能。
  4. 斜角筋:鎖骨上窩で触知。呼吸補助筋として活動が高まる。

呼吸筋群と関連する代表的なツボ

  • 膻中(CV17):胸骨体中央。呼吸機能・心肺調整の要穴。
  • 天突(CV22):頸窩中央。咳嗽・呼吸困難に。
  • 中府(LU1):鎖骨下窩外側。肺の募穴、呼吸器疾患に。
  • 膈兪(BL17):第7胸椎棘突起下。横隔膜・血の会。
  • 太淵(LU9):手首橈側。呼吸器疾患・慢性疲労に。

👉 胸腹部のツボは呼吸筋群との関連が強く、自律神経を介した全身調整に有効。


臨床応用

1. 呼吸器疾患(喘息・慢性咳嗽)

  • 中府・膻中・天突を中心に施術。
  • 横隔膜の機能改善を図る。

2. 自律神経失調・ストレス症状

  • 浅い呼吸・過呼吸に関連。
  • 膻中・膈兪・太淵を用いリラックス効果を高める。

3. 姿勢不良・猫背

  • 横隔膜の可動性低下が原因。
  • 膻中・中府とともに腹部ツボを組み合わせる。

4. スポーツパフォーマンス低下

  • 呼吸効率の低下が持久力に直結。
  • 横隔膜アプローチ+中府・太淵を活用。

学び方のステップ

  1. 胸郭を観察:呼吸に伴う肋骨・横隔膜の動きを把握。
  2. 補助呼吸筋を触診:胸鎖乳突筋・斜角筋を確認。
  3. ツボをマッピング:膻中・天突・中府・膈兪を胸腹部に描く。
  4. 臨床ケース練習:喘息・ストレス性呼吸障害・猫背改善を想定し施術プラン作成。

まとめ

呼吸筋群は生命維持の根幹であり、横隔膜・肋間筋・胸鎖乳突筋などが協調して働くことで呼吸が成立します。これらの筋群は単に呼吸運動を担うだけでなく、自律神経や精神的安定とも密接に関係し、臨床では慢性咳嗽・喘息・ストレス性障害・姿勢不良など多くの症状に関与します。鍼灸師は膻中・天突・中府・膈兪といったツボを理解し、筋と経穴を結びつけて施術することで、呼吸の質を改善し全身のバランスを整えることができます。

さらに呼吸筋群は「命のリズム」を支える存在であり、その働きが低下すると身体だけでなく心の不調にも波及します。デスクワークやストレス社会では、無意識のうちに浅く早い呼吸になり、慢性的な疲労や自律神経の乱れにつながります。鍼灸施術で呼吸筋群を調整することは、局所的な症状改善にとどまらず、リラクゼーションや予防医療としての価値も高いのです。呼吸筋群を正しく理解し臨床に応用することは、患者の心身を包括的に支える重要なアプローチとなるでしょう。

加えて、呼吸筋群の施術は「セルフケア」との親和性も高く、深呼吸法や腹式呼吸の指導と組み合わせることで、患者自身が健康維持に主体的に取り組めるようになります。鍼灸治療に呼吸筋群への視点を取り入れることは、治療効果を持続させ、再発予防や生活習慣改善にも直結します。

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