はじめに
東洋医学では、腎・脾・肺の三臓は「生命の根・栄養の源・防衛の要」として密接に連携しています。
腎は生命エネルギー(精)を蓄え、脾は飲食物から気血を生成し、肺はその気を全身に行き渡らせる。
この三者の協調によって、代謝・免疫・体温・水分バランスが維持されています。
しかし、慢性的な冷え・疲労・睡眠不足・過労などによってこの連携が乱れると、
腎のエネルギーが低下し、脾が運化不全を起こし、肺の宣発粛降が弱まります。
結果として、冷え・むくみ・慢性疲労・免疫力低下・息切れなどが現れます。
鍼灸師にとって腎脾肺の理解は、虚弱体質・更年期・慢性不調の根本改善を行う上で欠かせないテーマです。
本記事では、構造的な連携と臨床応用を解剖学と東洋理論の両軸から整理します。
1️⃣ 腎脾肺の解剖学的構造と機能連携
| 臓器 | 主な位置 | 機能 | 鍼灸的意義 |
|---|---|---|---|
| 腎臓 | 腰部(第12胸椎〜第3腰椎) | 体液調整・血圧・ホルモン・精の貯蔵 | 生命エネルギー・代謝・体温維持 |
| 脾臓 | 左季肋下 | 造血・免疫・栄養代謝 | 気血生成・免疫調整 |
| 肺 | 胸腔内 | 呼吸・酸素交換・免疫 | 宣発粛降・気の循環・防衛機能 |
この三臓は、水と気のバランスを通じて代謝と免疫を司ります。
肺が気を動かし、脾が水穀精微を生成し、腎がその水分を貯蔵・排泄することで、
身体のエネルギー循環と水分代謝が安定します。
横隔膜と呼吸運動を介して、胸腔(肺)・腹腔(脾)・後腹膜(腎)が同調して動くことは、
現代解剖学的にも代謝促進と血流改善に重要であることが確認されています。
2️⃣ 腎脾肺失調のメカニズム
● 東洋医学的視点
- 脾陽虚 → 消化吸収低下・冷え・倦怠
- 腎陽虚 → 体温低下・むくみ・疲労
- 肺気虚 → 浅呼吸・免疫低下
- 三者連携低下 → 代謝の鈍化・水滞・防衛気の不足
● 現代生理学的視点
腎臓によるホルモン分泌(レニン・エリスロポエチン)と、
脾臓による免疫細胞生成、肺による酸素供給は互いに影響し合っています。
この連携が崩れると、慢性的な低体温・代謝不全・免疫低下が起こり、
いわゆる「冷え性体質」「疲れやすい人」へとつながります。
3️⃣ 腎脾肺を整える主要経穴
| 経穴名 | 経絡 | 位置 | 主な作用 |
|---|---|---|---|
| 腎兪(BL23) | 膀胱経 | 第2腰椎棘突起下縁 | 腎気補充・冷え・疲労改善 |
| 脾兪(BL20) | 膀胱経 | 第11胸椎棘突起下縁 | 消化促進・免疫強化・倦怠改善 |
| 肺兪(BL13) | 膀胱経 | 第3胸椎棘突起下縁 | 呼吸機能・防衛気強化 |
| 足三里(ST36) | 胃経 合穴 | 膝下3寸 | 補気・免疫・胃腸機能改善 |
| 太渓(KI3) | 腎経 原穴 | 内果とアキレス腱の間 | 腎精補充・体温維持・ホルモン調整 |
| 三陰交(SP6) | 脾・肝・腎経交会 | 内果上3寸 | ホルモン・代謝・冷え改善 |
これらの経穴を背面(兪穴)・下肢(補穴)で組み合わせることで、
身体の「温・動・防(あたため・巡り・守る)」の三要素を補強します。
4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点
- 背部兪穴は外斜刺で安全に
→ 腎兪・脾兪・肺兪はいずれも0.8〜1.0寸、外方へ斜刺。 - 下肢の補気経穴は軽刺激中心
→ 足三里・太渓・三陰交は補法でゆっくり刺激。 - 冷え体質には温灸・灸頭鍼を併用
→ 腎兪・脾兪・関元・足三里への温熱刺激で代謝を底上げ。 - 慢性虚弱では定期施術が有効
→ 週1〜2回、3か月の継続で体質改善を目指す。
5️⃣ 臨床応用
- 冷え性・むくみ・倦怠感
→ 腎兪+脾兪+足三里+太渓で代謝と体温を高める。 - 免疫低下・風邪をひきやすい
→ 肺兪+脾兪+風門+三陰交で防衛気を補強。 - 慢性疲労・更年期症状
→ 腎兪+太渓+関元+足三里で腎陽と脾気を同時に補う。 - 冷えによる月経不順・浮腫
→ 三陰交+脾兪+腎兪で血流とホルモンバランスを整える。
まとめ
腎・脾・肺の三臓連携は、身体の代謝・免疫・体温の統合システムです。
腎が根、脾が源、肺が守り。
この三者の調和こそが、冷えや虚弱を克服し、健やかな代謝リズムを取り戻す鍵です。
鍼灸では、腎兪・脾兪・肺兪・足三里・太渓・三陰交を中心に施術し、
体の内側から温め、動かし、守ることを目指します。
「冷えを治す」のではなく、「温める力を育てる」——
それが腎脾肺連携の鍼灸治療の真髄です。
次回は、「心肝腎の連携 ― 精神・循環・生命力を統合する東洋医学的アプローチ」をテーマに、
情動・血流・エネルギーの関係をさらに深めて解説します。
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