鍼灸師のための内臓解剖学⑫:心肺の連携 ― 呼吸と循環がつくる生命リズム

はじめに

心臓と肺は胸腔内で隣接し、生命維持に欠かせない呼吸と循環の二大システムを構築しています。
肺は外界から酸素を取り入れ、心臓はその酸素を含む血液を全身へ送り出す。
この二つの臓器は絶えず協調し、「息」と「血流」という生命リズムを刻み続けています。

東洋医学では、心は「神を蔵し血を主る」、肺は「気を主り宣発粛降を司る」とされ、
心肺の連携は「気血の循環」と「精神の安定」に直結します。
呼吸が浅いと血流が滞り、血が滞ると気が乱れる。つまり、呼吸と循環の質こそが、心身の健康を左右する要です。

鍼灸師にとって、この心肺の連動を理解することは、
胸部刺鍼の安全性を確保しつつ、動悸・息切れ・ストレス・冷えなどの現代的症状に対応する基礎を築くことにつながります。


1️⃣ 心肺の解剖学的構造と位置関係

  • 心臓:胸骨の後方、縦隔の中央に位置。左にやや傾く。
  • :心臓を包み込むように左右に広がる。右肺は3葉、左肺は2葉。
  • 横隔膜:胸腔と腹腔を隔てる膜状筋で、呼吸運動の主動筋。
  • 心膜:心臓を包む膜。膻中(CV17)付近は心包経と関連し、情緒と循環の中枢を象徴する。

呼吸運動では、吸気時に横隔膜が下降し肺が膨張、胸腔内圧が低下して血液が心臓へ戻りやすくなります。
つまり、呼吸は単なる酸素の交換ではなく、静脈還流を助ける循環ポンプの一部なのです。


2️⃣ 心肺連携の生理学的メカニズム

生理機構内容鍼灸的意義
呼吸性洞性不整脈吸気で心拍上昇、呼気で低下自律神経の協調指標、呼吸誘導に応用可能
ガス交換肺胞で酸素・二酸化炭素を交換呼吸深度=気血循環効率
迷走神経支配副交感神経を介し心拍抑制・安定化内関・神門で調整可能
胸腔内圧変化呼吸とともに静脈還流を促進横隔膜への鍼灸刺激が循環改善に寄与

心肺の連動は、筋肉や血管の収縮だけでなく、自律神経と呼吸運動のリズムにより制御されています。
そのため、鍼灸刺激で呼吸の深さを整えることが、自律神経の安定と循環改善の両立をもたらします。


3️⃣ 心肺に関連する主要経穴

経穴名経絡位置主な作用
膻中(CV17)任脈・気会両乳頭を結ぶ線の中央呼吸調整・ストレス緩和・胸のつまり
巨闕(CV14)任脈・心包募穴胸骨下端の下1寸動悸・胸痛・情緒安定
中府(LU1)肺経・募穴鎖骨下窩外方呼吸促進・浅呼吸・胸部緊張
肺兪(BL13)膀胱経第3胸椎棘突起下縁咳・免疫・呼吸改善
心兪(BL15)膀胱経第5胸椎棘突起下縁動悸・自律神経安定
内関(PC6)心包経手首横紋上2寸心拍調整・緊張緩和
太淵(LU9)肺経・原穴手首横紋上橈側呼吸深度・循環促進

前胸部(膻中・巨闕・中府)、背部(肺兪・心兪)、末梢(内関・太淵)を組み合わせることで、
呼吸・循環・自律神経を立体的に調整できます。


4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点

  1. 胸部刺鍼は浅刺を原則とする
     → 膻中・中府・巨闕は0.3〜0.5寸の浅刺。気胸リスクに注意。
  2. 呼吸誘導を併用
     → 吸気で刺入、呼気で抜鍼することで副交感神経を優位化。
  3. 背部施術時の姿勢管理
     → 肺兪・心兪はうつ伏せで肩甲骨内側線を確認、外斜刺0.5〜1.0寸。
  4. 温灸・灸頭鍼による血流促進
     → 肺兪・心兪・膻中への温刺激で胸郭の緊張緩和。

5️⃣ 臨床応用

  1. 動悸・息切れ・不安感
     → 巨闕+膻中+内関で自律神経を安定。
  2. 浅い呼吸・ストレス過多
     → 中府+太淵+神門で呼吸を深め、情緒を鎮静。
  3. 冷え性・循環不良・虚弱体質
     → 肺兪+心兪+足三里で温熱と気血を補う。
  4. 更年期症状・睡眠障害
     → 膻中+内関+三陰交でホルモン・情動・循環を整える。

まとめ

心肺の連携は、「呼吸=気」「循環=血」という東洋医学の根幹を体現するシステムです。
呼吸の浅さは気滞を、循環の滞りは血瘀を生み、どちらも心身の緊張や不安、不眠につながります。

鍼灸では、膻中・巨闕・中府といった胸部のツボを中心に、
肺兪・心兪・内関を組み合わせることで、気血のリズムそのものを整えることが可能です。
呼吸を整えることは、血流を整えること。血流を整えることは、心を整えること。

現代人のストレス社会において、心肺の調和は「静かな呼吸」と「穏やかな鼓動」を取り戻すための核心です。

次回は、「肝と心の関係 ― 感情と循環をつなぐ東洋医学的視点」をテーマに、
精神活動と血流制御の関連をさらに深めます。

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