オキシトシンと鍼灸|絆ホルモンがもたらす鎮痛と情動安定

はじめに:オキシトシンは心と体をつなぐホルモン

オキシトシン(Oxytocin)は、「愛情ホルモン」「絆ホルモン」などと呼ばれる神経ペプチドです。
出産や授乳だけでなく、対人関係の安心感・ストレス緩和・痛みの抑制など、心身両面に影響を与えます。

近年、鍼灸刺激がこのオキシトシン系の活性を促す可能性が報告され、慢性痛・情動障害・自律神経失調症の治療補完として注目されています。

本記事では、鍼灸がどのようにオキシトシン系に作用し、臨床的な変化を引き出すのかを生理学的に解説します。


オキシトシンの生理学的基礎

分泌部位役割備考
視床下部(室傍核・視索上核)合成神経終末に輸送される
後葉下垂体血中への放出血中濃度が上昇し全身作用
中枢神経系(扁桃体・海馬・脳幹)情動・社会行動の調整シナプス内放出として働く

オキシトシンは、末梢(血液中)でも中枢(脳内)でも働く二重の機能を持ち、ストレス応答、愛着形成、痛覚抑制などに関与しています。


鍼灸がオキシトシンに及ぼす作用メカニズム

① 迷走神経刺激を通じた視床下部活性化

百会・神門・内関などの経穴刺激は、迷走神経求心性線維を介して視床下部を刺激し、室傍核からのオキシトシン放出を促します。

この経路は、心拍変動(HRV)の改善とオキシトシン分泌の相関が観察されている重要な神経内分泌ルートです。


② 社会的タッチと類似する「安全刺激」の誘導

鍼刺激は、「痛み刺激」ではなく「注意深く制御された触圧刺激」として脳に入力されます。
これが情動系(扁桃体・島皮質)で“安心”と認知され、オキシトシン放出を促進することが示唆されています。


③ 情動安定と疼痛抑制のダブル効果

中枢神経系でのオキシトシン作用は、扁桃体の過活動抑制→抗不安・抗恐怖作用と、視床・脊髄後角での疼痛伝導の減弱を通じ、心身の調整に働きます。


鍼灸によるオキシトシン活性化が期待される症状

症状・疾患オキシトンの関与鍼灸の臨床的役割
慢性痛(線維筋痛症・腰痛)中枢感作+情動要因疼痛伝達の抑制と不安感の緩和
不安障害・パニック症扁桃体過活動、安心感の欠如安全刺激による安心・副交感優位化
自閉スペクトラム(ASD)オキシトシン系の感受性低下社会的接触の肯定的再学習の支援
更年期障害・月経前症候群ストレスと孤立感ホルモン変動による情緒不安の緩和

使用される代表的経穴とその意図

経穴名目的・作用
百会(ひゃくえ)視床下部系の安定化、情動系の抑制
神門(しんもん)副交感神経優位、抗不安系の活性化
内関(ないかん)自律神経調整と不安緩和
足三里(あしさんり)全身の抗ストレス・抗炎症作用
太衝(たいしょう)情動の調整、怒りや緊張の緩和

臨床上の留意点

  • オキシトシン系は、トラウマ記憶や愛着障害の再刺激にも関連するため、安心・安全の環境づくりが前提です
  • 触れ方・鍼の深さ・会話のトーンなども、情動系への影響因子となるため、施術者の“関わり方”が結果に直結します
  • 患者に応じて、心理職・精神科とのチーム連携も有効です

まとめ

オキシトシンは、単なるホルモンではなく「安心の神経回路」を司る重要な調整物質です。
鍼灸は、このオキシトシン系に間接的かつ多角的に作用することで、痛みと情動の両面にアプローチできます。

ストレス・孤独・不安が絡む現代の症状に対し、鍼灸は“つながり”を取り戻す補完医療としての役割を担っていくことが期待されます。し、鍼灸は補完的介入手段として有用な可能性を示しています。


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