1.貧血とは
貧血とは、血液中の赤血球やヘモグロビンが不足し、全身に十分な酸素を運べなくなった状態を指します。
医学的には血液検査によりヘモグロビン(Hb)値が基準値を下回った場合に診断されます。
一般的に多いのは鉄欠乏性貧血ですが、そのほかにも溶血性貧血、再生不良性貧血など、原因の異なるタイプがあります。
一方、鍼灸院の現場では、
めまい・立ちくらみ・気分不快・失神などをまとめて
「貧血を起こした」と表現されることが少なくありません。
しかし、鍼灸施術中や施術後に起こるこれらの症状の多くは、
**血液学的な貧血ではなく、自律神経反射などによる一時的な脳血流低下(貧血様症状)**です。
この違いを正しく理解することが、安全な鍼灸臨床の第一歩となります。
2.鍼灸臨床で貧血が起きることはあるのか
結論から言えば、鍼を打ったことで鉄欠乏性貧血が新たに発生することはありません。
しかし、鍼刺激をきっかけに、貧血に似た症状(貧血様症状・失神・脳貧血)が起こることはあります。
これは鍼の「副作用」というよりも、
身体の反射的な反応として理解する必要があります。
3.鍼刺激によって貧血様症状が起こる主な仕組み
① 迷走神経反射による血圧低下
鍼刺激、痛み、緊張、不安などをきっかけに副交感神経が過剰に働くと、
血圧や心拍数が低下し、脳への血流が一時的に減少します。
その結果、めまい・気分不快・失神といった症状が現れます。
② 心理的ストレスや恐怖反応
鍼に対する恐怖感、初めての施術への緊張なども、
自律神経反射を引き起こす要因となります。
③ 空腹・脱水・体調不良
食事を摂らずに来院している、
水分摂取が不足している、
疲労や睡眠不足が強い場合は、
鍼刺激への耐性が低下し、貧血様症状が出やすくなります。
4.貧血様症状が出やすい人の特徴
以下のような人は、鍼刺激による貧血様反応が起こりやすい傾向があります。
- 低血圧の人
- 実際に貧血と診断されたことがある人
- 立ちくらみ・失神の既往がある人
- 若年者や痩せ型の人
- 疲労やストレスが強い状態の人
これらは施術禁忌ではありませんが、
事前のリスク評価と刺激量の調整が必須となります。
5.鍼灸院で行うべきリスク管理【施術前】
問診で確認すべきポイント
- 貧血や低血圧の既往
- 失神やめまいの経験
- 当日の食事・水分摂取
- 睡眠状況・体調
特に「今日は何も食べていません」という情報は、
重要なリスクサインとなります。
体位・環境への配慮
- 仰臥位・伏臥位を基本とする
- 座位・立位での施術は慎重に
- 室温・換気を整え、安心できる環境をつくる
6.鍼灸院で行うべきリスク管理【施術中】
- 刺激量を控えめに設定する
- 無理に強い得気を求めない
- 顔色・発汗・表情を常に観察する
- 「気分が悪くなったらすぐ伝えてください」と事前に声掛けする
早期に異変に気づくことが、重症化防止につながります。
7.施術中に貧血様症状が出た場合の対応
症状が出た場合は、以下を徹底します。
- 施術を直ちに中止
- 仰臥位で安静を保つ
- 下肢を軽く挙上し、衣服を緩める
- 意識・呼吸・顔色を観察する
多くは数分から10分程度で回復しますが、
回復後も当日の施術再開は原則行いません。
8.医療機関受診を勧める判断基準
以下の場合は、医療機関での評価を勧めます。
- 安静にしても症状が改善しない
- 意識がはっきりしない
- 繰り返し起こる
- 動悸や息切れが強い
- 実際の貧血や心疾患が疑われる
9.再発防止のための鍼灸院としての姿勢
鍼による貧血様症状は、
「まれな事故」ではなく想定すべき身体反応です。
- 問診・説明・記録を丁寧に行う
- 刺激を我慢させない雰囲気をつくる
- 安全管理を施術技術の一部として捉える
これらが、患者の安心と鍼灸院の信頼につながります。
10.まとめ
鍼を打ったことで起こる「貧血」は、
多くの場合、血液学的な貧血ではなく、
自律神経反射などによる一時的な貧血様症状です。
だからこそ、
- 仕組みを正しく理解する
- 貧血様症状が出やすい人を見極める
- 施術前・施術中・施術後のリスク管理を徹底する
ことが、鍼灸院には求められます。
正しい知識と冷静な対応は、
患者の安全を守るだけでなく、
鍼灸師自身が安心して臨床を続けるための基盤となります。
👉鍼灸学校で解剖学と生理学を学ぶ重要性:鍼灸師としての基礎を築く知識とは?
👉鍼灸師の先輩が実践!経穴を楽しく覚える8つの効果的な学習法
👉鍼灸師のための生理学総論─恒常性維持と鍼刺激の生理学的理解





