鍼灸師のための解剖学入門㊿:下肢後面筋群(ハムストリングス・下腿三頭筋)とツボ ― 立位安定・循環・冷え性改善への鍼灸アプローチ

はじめに

下肢後面筋群は、身体の「裏の支柱」として、姿勢保持・歩行・血液循環に深く関わる重要な領域です。主にハムストリングス(大腿二頭筋・半腱様筋・半膜様筋)と下腿三頭筋(腓腹筋・ヒラメ筋)から構成され、股関節・膝関節・足関節を連動させて立位や歩行を安定させます。

これらの筋は“地面を蹴る力”を生み出すだけでなく、静脈血を心臓へ押し戻す「下肢のポンプ機能」を担っています。そのため、筋の柔軟性と収縮力は血流やリンパ循環に直結します。しかし、長時間の立位・座位・運動不足により、この領域が硬くなると、腰痛・下肢の冷え・むくみ・倦怠感が生じやすくなります。

鍼灸臨床では、承扶・殷門・委中・承筋・承山などのツボを用いて筋緊張を緩め、血流と気の流れを改善することで、全身の“循環リズム”を整えることができます。特に女性の冷え性や下肢倦怠感、アスリートの疲労回復にも効果的です。


下肢後面筋群の解剖学的特徴

1. ハムストリングス(Hamstrings)

  • 構成:大腿二頭筋・半腱様筋・半膜様筋
  • 起始:坐骨結節
  • 停止:脛骨・腓骨上端
  • 作用:股関節伸展・膝関節屈曲
  • 臨床意義:腰痛・骨盤の後傾・歩行障害に関連

2. 下腿三頭筋(Triceps surae)

  • 構成:腓腹筋(外側頭・内側頭)・ヒラメ筋
  • 起始:大腿骨顆上部・腓骨頭・脛骨後面
  • 停止:踵骨隆起(アキレス腱経由)
  • 作用:足関節の底屈・歩行時の推進力
  • 臨床意義:冷え・むくみ・こむら返り・下肢疲労に関与

3. 長趾屈筋・後脛骨筋

  • 位置:下腿後面深層。足裏アーチの形成に寄与。
  • 臨床意義:足底痛・歩行不安定・静脈瘤との関連。

触診のポイント

  1. ハムストリングス:伏臥位で膝を曲げると明瞭に収縮。圧痛点は坐骨神経走行部に一致。
  2. 腓腹筋・ヒラメ筋:アキレス腱に向かって収束。立位でつま先立ちをさせると収縮が確認できる。
  3. 承扶〜殷門ライン:坐骨下から大腿後面中央を走行。放散痛が出やすい。
  4. 委中〜承山ライン:膝裏からふくらはぎ中央まで。経絡上の重要な循環ポイント。

下肢後面筋群と関連する代表的なツボ

  • 承扶(BL36):臀溝中央。ハムストリングス起始部の緊張緩和。
  • 殷門(BL37):大腿後面中央。坐骨神経痛・放散痛に。
  • 委中(BL40):膝窩中央。腰痛・血行促進・下肢倦怠に。
  • 承筋(BL56):下腿後面中央。筋疲労・むくみ改善。
  • 承山(BL57):腓腹筋腱下端。こむら返り・血流改善に。
  • 湧泉(KI1):足底中央。全身循環・冷え性改善に。

👉 下肢後面は「足の太陽膀胱経」が走行し、気血の排出と循環の要所として極めて重要。


臨床応用

1. 慢性腰痛・坐骨神経痛

  • ハムストリングス・梨状筋の硬直を緩和。
  • 承扶・殷門・委中で血流促進・神経圧迫の解放。

2. 冷え・むくみ

  • 下腿三頭筋のポンプ作用を活性化。
  • 承筋・承山・湧泉で循環促進と体温上昇。

3. 下肢疲労・こむら返り

  • 長時間立位・運動後の疲労に。
  • 承山・承筋・足三里を組み合わせると効果的。

4. 姿勢改善・歩行バランス

  • ハムストリングスと大腿四頭筋の協調性回復。
  • 殷門・委中と梁丘のペア刺鍼でバランス調整。

学び方のステップ

  1. 膝〜踵の筋連鎖を理解:ハムストリングス→腓腹筋→アキレス腱の力の流れを可視化。
  2. ツボ位置と神経走行の確認:坐骨神経・脛骨神経・膀胱経の対応を学習。
  3. 冷えと循環の関係を観察:脈診・腹診と合わせて体全体の血流状態を捉える。
  4. 臨床練習:腰痛・冷え性・下肢倦怠症例での施術プラン作成。

まとめ

下肢後面筋群(ハムストリングス・下腿三頭筋)は、歩行と立位を支える“循環の柱”です。これらの筋の柔軟性と弾力は、血液やリンパの流れを促進し、腰痛・冷え・むくみの改善に直結します。鍼灸では、承扶・殷門・委中・承筋・承山といったツボを通して筋・神経・経絡の流れを整え、全身の活力を高めることが可能です。

さらに、下肢後面は“心身の根”とも呼ばれる領域であり、地に足をつける感覚や安定感と深く結びついています。足裏の湧泉を中心に施術することで、体全体の循環が改善し、心の落ち着きや集中力の回復にもつながります。鍼灸師がこの領域を正確に理解し、ツボと筋の関係を意識した施術を行うことは、「立つ・歩く・生きる」力を取り戻すための根本治療といえるでしょう。

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