鍼灸師のための解剖学入門㊴:咀嚼筋群(咬筋・側頭筋・翼突筋)とツボ ― 顎関節症・頭痛・消化機能との関わり

はじめに

咀嚼筋群は、食物を噛み砕くために働く筋群で、咬筋・側頭筋・外側翼突筋・内側翼突筋を中心に構成されています。これらは顎関節の動きを制御し、咀嚼・嚥下・発声に深く関与します。近年では、食生活の変化やストレスによる顎関節症・歯ぎしり・食いしばりの増加が注目され、咀嚼筋群の過緊張は頭痛・肩こり・耳鳴りなど全身症状にも波及することがわかっています。鍼灸臨床においても、頬車・下関・太陽など顔面部のツボと関連づけることで、局所の改善と全身調整を同時に行うことが可能です。

さらに咀嚼筋群は、単に「噛むための筋肉」という枠を超えて、身体全体の健康に大きな影響を与える存在です。咀嚼筋の不調は顎関節の異常だけでなく、頭蓋骨の緊張バランスを乱し、自律神経や消化機能、さらには心理的ストレス反応にもつながります。現代人はストレス社会の中で無意識に歯を食いしばることが多く、それが慢性的な緊張や全身の不調の引き金となっています。鍼灸師が咀嚼筋群を正しく評価・施術することは、顎や顔面のケアにとどまらず、患者の全身調整と生活の質向上に直結するのです。


咀嚼筋群の解剖学的特徴

1. 咬筋(Masseter)

  • 起始:頬骨弓
  • 停止:下顎角・下顎枝外側面
  • 作用:下顎の挙上(噛む動作の主力筋)
  • 臨床意義:食いしばり・顎関節症・頭痛に関連

2. 側頭筋(Temporalis)

  • 起始:側頭窩
  • 停止:下顎枝・筋突起
  • 作用:下顎の挙上・後退
  • 臨床意義:こめかみの痛み・偏頭痛に関連

3. 外側翼突筋(Lateral pterygoid)

  • 起始:蝶形骨翼突板・上顎骨
  • 停止:下顎頭・関節円板
  • 作用:下顎の前方移動・側方運動
  • 臨床意義:顎関節症の中心的原因筋

4. 内側翼突筋(Medial pterygoid)

  • 起始:蝶形骨翼突窩
  • 停止:下顎枝内側面
  • 作用:下顎挙上・側方運動
  • 臨床意義:咀嚼筋全体のバランスに関与

触診のポイント

  1. 咬筋:歯を食いしばらせると下顎角付近に硬く触知。
  2. 側頭筋:こめかみ部分に広く扇状に展開。
  3. 外側翼突筋:直接触診は困難。下関付近に圧痛で確認。
  4. 内側翼突筋:口腔内から触診可能。鍼灸では間接的に評価。

咀嚼筋群と関連する代表的なツボ

  • 頬車(ST6):咬筋腹中央。食いしばり・顎関節症に。
  • 下関(ST7):頬骨弓下縁。顎関節機能改善に。
  • 太陽(EX-HN5):側頭部。偏頭痛・眼精疲労に。
  • 顴髎(SI18):頬骨下。顔面痛・三叉神経痛に。
  • 翳風(SJ17):耳後部。耳鳴り・顎関節症に。

👉 顔面部ツボは局所筋への直接効果とともに、頭部症状や自律神経にも作用。


臨床応用

1. 顎関節症

  • 外側翼突筋・咬筋の過緊張が中心原因。
  • 下関・頬車・翳風を中心に施術。

2. 食いしばり・歯ぎしり

  • 睡眠中の無意識活動による咬筋の過緊張。
  • 頬車・太陽を刺激してリラックスを促す。

3. 偏頭痛・緊張型頭痛

  • 側頭筋の緊張に関連。
  • 太陽・顴髎を活用。

4. 消化機能との関連

  • 咀嚼機能低下は消化不良につながる。
  • 中脘や胃経ツボと組み合わせて施術。

学び方のステップ

  1. 顎関節の構造理解:下顎頭・関節円板の動きを整理。
  2. 咀嚼筋を触診:咬筋・側頭筋を中心に緊張度を評価。
  3. ツボをマッピング:頬車・下関・太陽を顔面に配置。
  4. 臨床ケース練習:顎関節症・偏頭痛・食いしばり症例で施術プランを作成。

まとめ

咀嚼筋群(咬筋・側頭筋・翼突筋)は顎関節の安定と咀嚼機能に不可欠な筋群であり、顎関節症や頭痛、歯ぎしりといった症状と密接に関係します。鍼灸臨床では、頬車・下関・太陽など顔面部のツボを通じて局所の緊張を緩和するだけでなく、自律神経のバランスを整えることも可能です。

加えて咀嚼筋群は、身体の中で「咀嚼―消化―代謝」という連動した機能の第一段階を担っています。そのため、この筋群の働きを整えることは、消化器系の不調や全身の活力低下に対しても有効です。また、咀嚼は顔の表情やコミュニケーション、さらには情緒の安定とも結びついているため、施術を通じて患者の心理的ケアにもつながります。鍼灸師が咀嚼筋群と関連ツボの理解を深めて臨床に応用することで、局所的な痛みの改善だけでなく、全身の調和と心身の健康を包括的にサポートできるでしょう。

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