はじめに
手は「第二の脳」と呼ばれるほど繊細で複雑な運動機能を持ちます。特に親指と小指の巧緻運動は日常生活・労働・芸術活動に直結しており、過使用や姿勢不良により手根管症候群や腱鞘炎などの疾患が発生しやすい部位です。鍼灸臨床でも「手のしびれ」「握力低下」「手首の痛み」といった症状は頻繁にみられます。その基盤となるのが母指球筋・小指球筋・虫様筋などの手部筋群です。これらを正しく理解し、触診で同定できれば、合谷・労宮・少府・後谿など手に分布する主要ツボをより正確に取穴できます。本記事では、手部筋群の解剖学、触診のポイント、ツボとの関連、臨床応用について詳しく解説します。
手部筋群の解剖学的特徴
母指球筋群(Thenar muscles)
- 短母指外転筋(Abductor pollicis brevis):母指を外転。手根管の正中神経障害で萎縮。
- 母指対立筋(Opponens pollicis):母指を小指に向ける。対立運動を可能にする。
- 短母指屈筋(Flexor pollicis brevis):母指の屈曲。浅頭・深頭に分かれる。
- 母指内転筋(Adductor pollicis):母指を内転。握力維持に重要。
小指球筋群(Hypothenar muscles)
- 小指外転筋(Abductor digiti minimi):小指外転。尺骨神経支配。
- 短小指屈筋(Flexor digiti minimi brevis):小指屈曲。
- 小指対立筋(Opponens digiti minimi):小指の対立。
虫様筋(Lumbricales)
- 起始:深指屈筋腱
- 停止:伸展機構(指背腱膜)
- 作用:MP関節屈曲、PIP・DIP伸展
- 臨床:手根管症候群や糖尿病性神経障害で機能低下しやすい。
触診のポイント
- 母指球筋:手掌母指側の膨隆部。母指の外転・屈曲・対立で確認。
- 小指球筋:手掌小指側の膨隆部。小指を外転させると触診容易。
- 虫様筋:直接触診は困難だが、手掌中央でMP関節の動きに伴う収縮を確認。
- 腱との区別:屈筋腱と小筋群を混同しやすいため、動作を加えて判別。
手部筋群と関連する代表的なツボ
- 合谷(LI4):第1・2中手骨間。母指球と示指の間で圧痛が出やすい。万能穴。
- 労宮(PC8):手掌中央。虫様筋の上に位置。不眠・自律神経症状に。
- 少府(HT8):手掌尺側、小指球筋に関連。精神安定に有効。
- 後谿(SI3):第5中手骨基部尺側。小指球筋群と関連。頸椎疾患に効果。
- 魚際(LU10):母指球隆起中央。咽喉疾患や発熱に使用。
臨床応用
1. 手根管症候群
- 正中神経障害で母指球筋が萎縮。
- 合谷・労宮・大陵(PC7)を中心に施術。
2. 腱鞘炎(ドケルバン病など)
- 母指球筋群の過使用。
- 魚際・合谷を併用。
3. 小指側のしびれ(尺骨神経障害)
- 小指球筋群の筋力低下。
- 少府・後谿を使用。
4. 自律神経失調・精神症状
- 労宮・少府を用いて鎮静効果を狙う。
- 虫様筋を触診し、心包経と関連づける。
学び方のステップ
- 手掌を分ける:母指球・小指球・中央の3区分を触診。
- 動作で確認:母指対立・小指外転・指の伸展屈曲で筋を浮かせる。
- ツボを重ねる:合谷・労宮・少府を実際にマーク。
- 症例で練習:腱鞘炎・手根管症候群・不眠を想定し、ツボを選穴。
まとめ
手部の筋群は、日常生活や労働、スポーツで酷使され、腱鞘炎や神経障害の背景に関与します。母指球筋・小指球筋・虫様筋を正確に理解し触診できれば、合谷・労宮・少府・後谿といった代表的なツボの精度が格段に向上します。手は全身の縮図ともいわれるため、骨と筋を基盤にツボを重ねることで、臨床効果を大きく高めることが可能です。
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