炎症性サイトカインと鍼灸|慢性炎症に対する免疫調整作用

はじめに:痛み・倦怠感の背景に「炎症」がある

慢性のだるさ、関節のこわばり、治らない肌荒れ――
こうした不定愁訴の陰にあるのが、低レベルの持続的炎症(サイレントインフラメーション)です。

この慢性炎症は、炎症性サイトカイン(例:TNF-α、IL-1β、IL-6)という免疫因子の過剰分泌が関与しており、放置すると糖尿病、動脈硬化、うつ症状など全身性疾患に発展します。

近年、鍼灸がこの炎症性サイトカインに調整的に作用することが、動物実験・臨床研究の両面で報告されつつあります。


炎症性サイトカインとは?|体を守るが、壊す因子にもなる

サイトカインは、免疫細胞が分泌する情報伝達分子です。中でも「炎症性サイトカイン」は、感染・外傷時に局所の免疫反応を活性化します。

しかし、以下のように過剰・持続的な産生は組織障害や慢性疾患を引き起こします。

代表サイトカイン主な作用過剰時の影響
TNF-α炎症誘導、アポトーシス促進関節炎、脂肪細胞障害
IL-6急性期反応、発熱、肝機能調整慢性疲労、抑うつ、筋委縮
IL-1β炎症反応・痛覚増幅神経過敏、慢性痛

鍼灸によるサイトカイン制御メカニズム

① 迷走神経反射を介した抗炎症作用

迷走神経は、炎症を抑制する「コリン作動性抗炎症経路(Cholinergic Anti-inflammatory Pathway)」を担っています。
鍼灸は、神門・内関・百会などの経穴を介して迷走神経を刺激し、この経路を活性化します。

結果として、マクロファージからのTNF-α・IL-6産生が抑制されることが確認されています。


② HPA軸調整によるコルチゾールの免疫抑制作用

鍼灸刺激は視床下部を介してHPA軸を調整し、副腎皮質からのコルチゾール分泌を促進
コルチゾールはIL-1βやIL-6の転写因子(NF-κB)を抑制し、炎症反応を制御します。


③ 局所循環改善と細胞環境の最適化

炎症部位は血流が乏しく、酸化ストレスが蓄積しています。
鍼灸による局所血流改善(NO放出・血管拡張)は、酸化還元環境を整え、サイトカイン発現を間接的に抑制する作用を持ちます。


鍼灸の臨床応用と対象疾患

対象疾患サイトカインとの関連鍼灸の応用例
関節リウマチTNF-α、IL-6の持続性炎症陰陵泉・足三里による関節周囲の血流改善と迷走神経刺激
慢性疲労症候群IL-6の慢性上昇百会・肝兪でHPA軸調整と免疫回復
慢性便秘・過敏性腸症候群腸管IL-1βの上昇天枢・中脘で腸管炎症と自律神経安定化
アトピー性皮膚炎IL-4, IL-6の過剰反応肺経・脾経経穴による免疫過敏の緩和

使用される代表的な経穴と意図

経穴主な作用
足三里(あしさんり)全身免疫調整、抗炎症作用、白血球機能の調整
百会(ひゃくえ)HPA軸の中枢調整、炎症性疲労の抑制
神門(しんもん)迷走神経刺激による抗炎症反射
陰陵泉(いんりょうせん)滲出性炎症、浮腫、関節痛の緩和
天枢(てんすう)腸管粘膜炎症、便通異常の調整

注意点と安全性

  • 免疫抑制剤使用中の患者では、鍼灸刺激に対する免疫反応が変調している可能性があるため、刺激量を慎重に調整
  • 自己免疫疾患の活動期では、炎症を悪化させないよう、施術部位・回数に配慮が必要
  • 高齢者・妊娠中の炎症管理では、全身状態の観察が前提

まとめ

鍼灸は、迷走神経—免疫—内分泌という三層構造を通じて、炎症性サイトカインの過剰な放出を穏やかに制御する作用を持ちます。
関節炎、慢性疲労、消化器炎症など、現代病の背景にある“微細な炎症”への介入として、鍼灸は非薬物的な有効手段となり得ます。

免疫の暴走を整えるための鍼灸の活用は、今後の慢性疾患ケアの中でますます重要性を増すでしょう。


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