はじめに
風邪をひきやすい、アレルギー反応が強い、傷が治りにくい――これらの背景には「免疫バランスの乱れ」があります。
最近では、免疫の過剰反応(自己免疫)や炎症の持続(慢性炎症)が、生活習慣病やメンタル不調の原因として注目されています。
こうした症状に対して、鍼灸(しんきゅう)が体に優しい補完医療として注目されており、炎症のコントロールや自己免疫の調整を目的に臨床応用が進んでいます。
本記事では、鍼灸がどのように免疫に作用し、どんな仕組みで炎症を抑えるのかを、生理学と東洋医学の視点からわかりやすく解説します。
免疫とは?まずは基本の整理から
免疫とは、体の中に侵入してくる異物(細菌やウイルス)を排除し、自分の細胞を守るシステムのことです。
この免疫には2つの種類があります。
- 自然免疫:生まれつき備わっている即時反応。マクロファージや好中球などが担当します。
- 獲得免疫:一度経験した異物を記憶し、再侵入時に強力に対応。T細胞・B細胞が働きます。
免疫の働きが強すぎるとアレルギーや自己免疫疾患(例:関節リウマチ)を引き起こし、逆に弱すぎると感染症や慢性疲労の原因になります。
免疫を動かす司令塔「サイトカイン」とは?
免疫細胞同士が会話するときに使う“言葉”のような物質がサイトカインです。
これには2種類あり、バランスが重要です。
- 炎症性サイトカイン:IL-6、TNF-α、IL-1βなど。体を守る反面、過剰分泌で発熱・痛み・炎症を引き起こす。
- 抗炎症性サイトカイン:IL-10、TGF-βなど。過剰な炎症を抑えるブレーキの役目をする。
アレルギーや自己免疫疾患、慢性疲労症候群では、この炎症性サイトカインが出すぎている状態が見られます。
その調整に鍼灸がどう関与するのか、次で説明します。
鍼灸が免疫に働きかける3つの仕組み
① 自律神経と迷走神経を通じて炎症を抑える
自律神経のうち、副交感神経の中枢である迷走神経には、**「炎症を抑える指令」**を全身に送る役目があります。
鍼灸(特に耳介・百会・内関など)で迷走神経の一部を刺激すると、脳の延髄や視床下部に作用し、炎症を引き起こすサイトカイン(TNF-αやIL-6など)の分泌を抑える働きが確認されています。
この仕組みは「迷走神経性抗炎症反射」と呼ばれており、科学的な研究が進んでいる分野です。
② ストレスホルモンの調整(HPA軸)
ストレスを感じると、脳は副腎に「コルチゾールを出せ」という指令を出します(これがHPA軸)。
コルチゾールは一時的には炎症を抑えますが、長期的に多すぎると免疫がうまく働かなくなります。
鍼灸は、このHPA軸の暴走を抑え、過剰なストレスホルモンの分泌を正常化することで、炎症と免疫のバランスを整えます。
③ 血流とリンパの流れを改善
鍼灸刺激により皮膚や筋肉の毛細血管の血流が増加すると、酸素や栄養が免疫細胞に届けられやすくなります。
同時に、老廃物やサイトカインの排出もスムーズになり、免疫系が過剰反応を起こしにくくなります。
加えて、リンパの循環が促進されることで、体内の異物を除去する力が高まります。
鍼灸が役立つ症状とケース
- 花粉症、アレルギー性鼻炎
- かぜをひきやすい、疲れやすい
- 慢性炎症(副鼻腔炎、皮膚のかゆみ)
- 自己免疫疾患(リウマチ・SLEなど)の補完療法
- 慢性疲労、微熱、不定愁訴
鍼灸はこれらに対して直接的な免疫活性というより、“過剰な反応の鎮静”という方向で働くのが特徴です。
よく使われるツボとその意味
ツボ名 | 効果 |
---|---|
神門(しんもん) | ストレス・不安感の軽減、迷走神経を刺激 |
百会(ひゃくえ) | 自律神経の安定、免疫の全体調整 |
内関(ないかん) | 胸の緊張、不安感の緩和、迷走神経刺激 |
足三里(あしさんり) | 免疫力の底上げ、胃腸と全身の活性化 |
合谷(ごうこく) | 炎症緩和、免疫バランスの調整 |
鍼灸を受ける際の注意点
- ステロイド治療中・自己免疫疾患の活動期には、施術者が慎重な判断を行う必要があります。
- 体力が落ちている時期や感染症の急性期には、鍼灸より休養を優先しましょう。
- 必ず国家資格を持つ鍼灸師に相談し、問診・体調に応じた施術を受けることが大切です。
まとめ
鍼灸は、免疫の働きを直接「高める」のではなく、乱れた免疫バランスを整え、炎症を穏やかに抑える自然療法です。ストレスや慢性炎症によって不調を感じている方にとって、副作用が少なく継続しやすい補完医療として有効です。過剰な免疫反応や、慢性的な疲れ・不調を感じている方は、ぜひ鍼灸を選択肢のひとつとしてご検討ください。
関連記事リンク
- 鍼灸師のための生理学総論─恒常性維持と鍼刺激の生理学的理解
- ゲートコントロール理論と鍼灸|痛みの脊髄制御メカニズム
- 慢性痛と中枢感作|神経可塑性の視点
- 視床下部と情動・痛覚調整の関連