日本鍼灸大学 
はじめに：中医学の治療はなぜ「オーダーメイド」なのか？
西洋医学では「病名」によって治療が決まることが一般的ですが、中医学では“その人の体質と今の状態”に応じて治療方針が決まります。
その判断基準となるのが「弁証論治（べんしょうろんち）」。
これは中医学における診断（弁証）＋治療（論治）のプロセスを表した言葉で、一人ひとりに合ったオーダーメイド治療を実現するための核となる考え方です。
この記事では、「弁証論治」の全体像と構成要素、流れや具体例を交えてわかりやすく解説します。
1. 弁証論治とは？中医学独自の診断・治療体系
「弁証論治」とは、中医学の診断と治療の流れを示す基本プロセスです。
- 弁証（べんしょう）：四診で集めた情報から「証（しょう）」を導くプロセス
- 論治（ろんち）：導き出された証に基づいて、治療方針・処方を決める段階
つまり「今この人の体はどうなっているのか？」を弁証し、「どう整えるべきか？」を論治するという流れです。
2. 弁証論治の基本ステップ（全体の流れ）
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ① 四診 | 観察・問診・聴診・脈診などで情報を集める |
| ② 弁証 | 証を導く（八綱・臓腑・気血津液などをもとに） |
| ③ 論治 | 治法を決定し、漢方薬・鍼灸・食事などを選ぶ |
| ④ 実施・再評価 | 経過を見ながら証と治療方針を調整 |
このプロセスを繰り返し、その時々の状態に合わせたケアを行うのが中医学の特徴です。
3. 弁証の種類：診断の視点と切り口
弁証には複数のアプローチがあり、状況に応じて使い分けられます。主なものは以下の5つです。
▶ 八綱弁証（はっこうべんしょう）
中医学の基本的な弁証枠組み。8つの視点で状態を整理します。
| 対立軸 | 内容 |
|---|---|
| 陰 vs 陽 | 全体的な状態（虚寒系か実熱系か） |
| 表 vs 裏 | 病位（体表か内臓か） |
| 寒 vs 熱 | 冷えか熱か（寒証か熱証か） |
| 虚 vs 実 | 体力の有無（虚弱か過剰か） |
▶ 臓腑弁証（ぞうふべんしょう）
五臓六腑（肝・心・脾・肺・腎など）の状態に基づいて判断。
例）「肝気鬱結」「脾気虚」「腎陽虚」など
▶ 気血津液弁証（きけつしんえきべんしょう）
体内のエネルギー・血液・体液の状態を見極める方法。
例）「気虚」「血虚」「痰湿」「瘀血」「津液不足」など
▶ 六経弁証（ろっけいべんしょう）
主に急性病（風邪など）に使う診断体系。『傷寒論』に基づく。
例）太陽病、少陽病、陽明病など
▶ 衛気営血弁証（えいきえいけつべんしょう）
熱性病や感染症で使われる体系。病気の進行レベルを判断。
例）衛分証・気分証・営分証・血分証
4. 論治：証に基づいた治療方針を立てる
証が決まれば、次はそれに対する治療法＝論治です。
代表的な治法には以下のようなものがあります。
| 治法 | 対象となる証 |
|---|---|
| 補気（ほき） | 気虚証 → 元気・免疫UP（例：人参湯） |
| 補血（ほけつ） | 血虚証 → 貧血・不眠（例：四物湯） |
| 理気（りき） | 気滞証 → ストレス・胸のつかえ（例：加味逍遙散） |
| 活血化瘀（かっけつけお） | 瘀血証 → 血行不良・生理痛（例：桂枝茯苓丸） |
| 清熱（せいねつ） | 熱証 → のぼせ・イライラ（例：黄連解毒湯） |
| 温陽（おんよう） | 陽虚証 → 冷え・疲れ（例：八味地黄丸） |
| 化痰利湿（かたんりしつ） | 痰湿証 → むくみ・胃もたれ（二陳湯など） |
鍼灸では、証に応じて適切なツボを選び、経絡や臓腑のバランスを整えます。
5. 実例：同じ症状でも証によって治療が変わる
✦ 例：「疲れやすい」という症状
| 証のタイプ | 主な特徴 | 治法 |
|---|---|---|
| 気虚 | 食後に眠くなる、声が小さい、胃腸が弱い | 補気 |
| 陰虚 | 夕方に疲れる、口や喉が乾く、寝汗 | 滋陰 |
| 瘀血 | 肩こりが強い、顔色が悪い、冷え性 | 活血化瘀 |
同じ「疲労感」という表現でも、原因が異なればアプローチはまったく違うというのが中医学の本質です。
✅ まとめ：弁証論治で“自分に合ったケア”が見えてくる
「弁証論治」とは、中医学独自の診断・治療法の設計プロセスであり、
- 今の体の状態を多角的に分析（弁証）し
- それに合った治療法を個別に設定（論治）する
という流れのことです。
✅ 弁証論治を理解することで：
- 体調不良の根本原因に気づける
- 漢方や鍼灸が“合う・効く”理由が分かる
- セルフケアの方向性が明確になる
- “未病”のうちに対処できる
現代のようにストレスや生活習慣が多様化した時代には、「弁証論治」によるオーダーメイドの健康法が非常に有効です。
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