鍼灸雑記#2 養生とウェルビーイングの先のユニークとは

鍼灸Meridian烏丸 中根はじめ/お灸堂 鋤柄誉啓

「鍼灸雑記#2」で語られた主なトピック

鋤柄さんのお面

ご自身の似顔絵をフラットなタッチで描いた「お面」をかぶっている鋤柄さん。TiktokやツイッターといったSNS、テレビやラジオといったメディア、雑誌への執筆や著書の発刊など「インフルエンサー」とも呼べそうな活躍ぶりだ。

「鍼灸雑記録」第二回は、鋤柄さんのお面について二人が話すところからはじまる。匿名性が生まれていると指摘する中根先生に、お面の人格として話すことができると答える鋤柄さん。鋤柄さんにとって、お面をつけることが目標にたどり着くために合理的な方法だという。目的が明確であれば、それを達成するための「最大公約数的手段をとる」のが重要だとふたりはまとめる。

こうした工夫の余地は、鍼灸業界を見渡してもまだまだ存在する。ひとつの例として、大きすぎる目標が、工夫の余地を奪っている。「AI」「メタバース」など、身に余る目標にたいして個人は何もできないでいる。本当の困りごとなどを、目線を変えて探る必要があるのかもしれない。

片足を外す

「片足を外す」ことを考え直す機会があったという鋤柄さん。自分たちにとって言えば、「養生思想」に両足は入れず、片足だけ入れておいて、もう片方の足を全く違う人たちとの話し合いの場や、交流の機会のある場に入れておくイメージ。

話は「漢字」の話に。「医」にかかわる言葉にはどれも「矢」があり、医療の本質は「疾患からの離脱とその策」ではなくて、心を串刺しするようなつらいことを抜き去ることであり、旅行でも食事でも医療につながる。自分たちが思い込んでいる医療という枠から抜け出そうとすることは、「片足を外す」ことと通ずるのではないかと二人は話す。

アフターコロナと資本主義

気づけば「アフターコロナ」のような雰囲気が漂い、コロナ以前の社会に戻ろうしている。人は過去から離れられないのではないかという疑念が浮かぶ。

お金を得なければいけない、会社は大きくならないといけないという資本主義のルールにたいして、多様な価値判断があるべきはずだというふたり。

ある時、鋤柄さんが子どもの将来の学費の計算をしてみたところ、家計が破産するという結果が明らかになった。来る日も働き続けてきたやり方をこのまま続けたとしても、子どもを大学卒業させてあげられないことに気が付いた。商売として工夫をしつづけるべきという前提はありつつも、異なるルールで戦えないか、「大きくなる」ということ以外の価値観が社会にも芽生えないかと感じるようになった。

「標準化」のその先

「資本を大きくしていくこと」が正義となるルールのゲームだとすると、すべてが事業を大きくするための手段になってしまう。医療さえも企業を大きくするために存在することになり、患者さんが目的でなくなってしまう。

鍼灸院は公金が入らず、実費になるため、事業を維持するだけでも大変な状態。ここから右肩上がりにするためには、効率化、単純化の上で、スケールさせていくことが必要になっていく。

一方で効率化や自動化には、相性がある。数年前、鋤柄さんが伝統鍼灸学会で出展者として参加した際、業界関係のユニークな人たち、知識を持つ人たちが一堂を会していた。その時、隣のブースにお手伝いに来ていた「一般の人」が、出展者との交流を通して、「こんなに人って自由でいいんだ」と目を輝かせていたという。そんなことを思い返しながら、人を目の前にして手をつかって、癒したり鍼をしたりする自分たちの仕事が、効率化や標準化と遠いところにある分野なのではないかという仮説にたどり着いた鋤柄さん。

個性も治療理念も豊かで多種多様な人が、多種多様な悩みを解決しようとするのが鍼灸。真摯に向き合うからこそ、手段が一つでは足りない。実業として鍼灸院をやっていると、標準化できない場面に出くわす。標準化の大切さはあるものの、卒業したての学生さんでもすぐに施術できるように標準化するのか、鍼の効果を認知増大のために標準化するのか、標準化のその先にある目的を語ったり共有したりしなければ、いけないという中根さん。

使うことばに気を付ける

「鍼灸の良さを広めていきたい」ということばを使わないという鋤柄さん。「鍼灸が主役になっている」状態でいいアイデアが浮かぶはずがないからだという。ステークホルダーが不在だからだ。この考え方を普段から口にしていると、自分たちありきの世界に居続けてしまう。

古典的な鍼灸が好きだという人にたいして、「どこが好きなのか教えて」と問うようにしている中根さん。「鍼」そのものなのか、患者さんとの交流の先にあるドラマなのか、「鍼灸」といっても、ことばの範囲が広すぎるのではないか。

ことばは、受け手の第一印象によって見え方が変わってしまう。たとえば、標準化できないというジレンマを抱えながら標準化に思い悩むという先の議論についても、切り取られ方によっては単なる「反標準化、反エビデンス」として見られてしまいかねない。SNSなどの発信では、よりいっそう真意が伝えにくいが、その「誤解」こそが「バズ」の源泉ともいえるかもしれない。

頑張ってできること

頑張ってできることは、たいしたことはない。通常できることから、頑張って上に積んでできることも、少ししかない。「苦手じゃない」くらいからが適正になる。大きなこと、やりたくないことを積み上げようとしても、価値を生まないのではないか。

岡田明三先生のことばを引用する中根さん。金平糖の種があったとして、金平糖のとげを長所に見立てると、そのとげが一つだと引っかかって動かないが、いくつものとげを伸ばしていくことで、大きい直径で転がりだす。不得意なことは後でいい。

鋤柄さんのあゆみ

書籍も出版している鋤柄さん。もともとこういった姿の鍼灸師になりたかったのかと質問する。

鋤柄さんは、自分の人生に才能を感じなかった学生時代に、クラスのなかで何をしても真ん中にいる自分に気が付いた。有名な職業には、「そうなるべき人が就く」という諦めがあり、みんなが知っている仕事では生きていけないのではないかと、高校2年生の時に思いあたった。そこで、みんなが知らないけれど人に役に立つ仕事を探したところ「鍼灸師」にたどり着いたという。

それから学び始めたとき「研究」分野に興味を持っていたが、研究をしている人たちの楽しそうな姿を見ていて、また挫折することに。優秀でなく、楽しんでもいない自分がその道を進むと悲惨なことになるのではないか。そこで何をすべきかを考えるようになった。そんななかで、お灸はやり続けていて、「嫌いではない」「苦手ではない」と思える分野で、人に喜んでもらえるからと、ここまで続けてきた。

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中根一(なかね はじめ)

鍼灸Meridian烏丸 代表 。明治国際医療大学 客員教授。経絡治療学会 理事。岡田明祐氏・明三氏に師事。京都にて臨床に携わる傍ら、国内外の医療大学・専門学校などにおいて後進の育成にも積極的に行う。「ウェルビーイング(Well-being)」「生き方を変える力を持つ」などをテーマに東洋医学の可能性についての講演は、全国から厚い支持を得ている。
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鋤柄誉啓(すきから たかあき)

鍼灸師・お灸堂院長。明治国際医療大学にて鍼師、灸師の国家資格を取得後、2013年、お灸と養生の専門サロン「お灸堂」を京都で開院。独自の心地よいお灸の施術が評判を呼び、地元はもとより全国から来院者がやってくるように。現在は、自院で施術や健康相談にのるかたわら、「シンプル」「わかりやすい」「ユーモア」をモットーに、楽しく続けられるお灸や養生についてのコツを、毎日Twitterで発信中。また、テレビやラジオへの出演、雑誌コラムの執筆、お灸にまつわるプロダクトの企画・販売(フェリシモ「ふれあい灸活プログラム」)など、鍼灸師の枠にとらわれない幅広い活動を行っている。鍼灸専門学校やオンラインサロンなど後進の育成にも力を入れている。
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