はじめに
冬場は気温の低下と乾燥により、来院患者の体温が下がりやすく、低体温症のリスクが高まります。特に高齢者や低栄養状態の患者、甲状腺機能低下症や循環器疾患を抱える方は、体温調節機能が低下しており、わずかな室温変化や施術中の安静でも危険な体温低下を起こす可能性があります。鍼灸施術は副交感神経を優位にし、末梢血管を拡張させるため、体熱が失われやすくなります。安全な施術には、院内の温度・湿度管理、施術環境の工夫、患者の体調観察、そして緊急時対応の知識が欠かせません。本記事では、冬季の低体温症を予防し、安全な施術を行うための実務ポイントを詳しく解説します。
1. 低体温症の基礎知識
低体温症は体温が35℃以下に低下した状態を指し、軽度(32〜35℃)、中等度(28〜32℃)、重度(28℃未満)に分類されます。軽度では震えや手足の冷え、集中力低下が見られ、中等度では言語障害や動作の緩慢化、重度では意識消失や不整脈、心停止に至ることもあります。鍼灸施術中は、代謝が低下している患者ほど急速に体温が下がる可能性があり、注意が必要です。
2. 冬季における高リスク患者
- 高齢者(特に75歳以上)
- 低栄養状態やBMI18未満の患者
- 甲状腺機能低下症、糖尿病、循環器疾患患者
- 血流改善薬や降圧薬を服用している患者
- 長時間の外出や移動直後の患者
これらの患者は体温低下への耐性が低く、わずかな室温低下でも症状が悪化する可能性があります。
3. 院内環境の温湿度管理
冬季の適正室温は20〜24℃、湿度は40〜60%が目安です。入口付近や窓際のベッドは外気の影響を受けやすく、カーテンやパーティションで冷気を遮断します。加湿器を用いて湿度を保つことで、冷えだけでなく呼吸器感染症の予防にもつながります。待合室と施術室の温度差を最小限にし、移動時の寒暖差ショックを防ぎます。
4. 施術前の準備と服装の工夫
施術開始前に手足の冷え具合を確認し、必要に応じて湯たんぽや電気毛布で事前に温めます。患者の服装は厚着すぎると施術部位の露出が困難になるため、施術用ガウンや毛布で温度を保持します。お灸を使用する場合は火傷予防のため位置と刺激量に注意しつつ、保温効果を活用します。
5. 施術中の体温保持
- 露出部位以外は毛布やタオルで覆う
- ベッド下からの冷気対策としてマットを使用
- 長時間同じ体位を避け、血流低下を防ぐ
- お灸や遠赤外線機器を利用しつつ、局所過熱を避ける
体温保持は単なる快適性ではなく、安全管理の一部です。特に施術後の急な起立による血圧低下にも注意します。
6. 低体温症の兆候と観察ポイント
施術中に震えが止まらない、顔色が蒼白、唇や爪が紫色、言動が遅くなるなどの兆候が見られた場合は、直ちに施術を中止し保温対応を行います。耳たぶや手指の温度変化も早期サインです。中等度以上が疑われる場合は救急搬送を検討します。
7. 緊急時の対応手順
- 施術を中断し、暖かい部屋へ移動
- 濡れた衣服は脱がせ、乾燥した毛布で全身を包む
- 温かい飲み物を少量ずつ摂取(意識がある場合のみ)
- 意識障害があれば即座に救急要請
- 体温上昇はゆっくり行い、急激な加温は避ける(不整脈リスク)
8. 院内予防策と啓発
- 冬季は予約時に「防寒してご来院ください」と案内
- 入口や待合室に防寒グッズを常備
- 高齢患者には外出前の温かい飲み物摂取を推奨
- 院内ニュースレターやSNSで低体温予防情報を発信
院内低体温予防・対応チェックリスト
- □ 室温・湿度を毎日記録している
- □ 外気の影響を受ける施術ベッドの配置を工夫している
- □ 高リスク患者の服装と体温を確認している
- □ 保温器具を常備し、使用方法をスタッフが把握している
- □ 低体温症兆候の観察ポイントを共有している
- □ 緊急対応マニュアルを院内に掲示している
まとめ
冬場の低体温症は、鍼灸院にとって見過ごせない安全管理課題です。特に高齢者や慢性疾患を抱える患者は、わずかな環境変化でも体温が下がりやすく、施術中の安静状態がリスクを高めます。室温・湿度管理、施術前後の保温、服装やベッド配置の工夫、そして兆候の早期発見と適切な対応が、患者の安全を守る鍵となります。予防策を徹底することで、患者は安心して施術を受けられ、院としての信頼性も高まります。
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