熱中症・脱水症への院内対策マニュアル(夏季特化)|鍼灸院が行うべき予防・初期対応・患者指導

はじめに

夏季は高温多湿の環境下で、体温調節がうまくいかずに熱中症や脱水症を引き起こすケースが急増します。特に鍼灸院では、高齢者や慢性疾患を抱える患者、小児など、リスクの高い層が多く来院します。施術中や施術直後は副交感神経が優位になり血圧が下がりやすく、室温や湿度の変化にも敏感です。そのため、院内の環境設定から施術内容の調整、来院時の観察、緊急時の対応まで、全スタッフが共通のマニュアルに基づいて行動できる体制を整える必要があります。本記事では、鍼灸院で夏季に特に重要な予防・観察・対応・啓発の実務ポイントを、事例を交えながら詳しく解説します。


1. 熱中症・脱水症の基礎知識

熱中症は「熱失神」「熱けいれん」「熱疲労」「熱射病」に分類されます。熱失神は立ちくらみや失神を伴い、熱けいれんは水分のみの補給でナトリウム不足により筋肉がけいれんします。熱疲労は脱力感・吐き気などが特徴で、放置すれば熱射病へ進行し、死亡率が高まります。脱水症は体液不足により血液の循環機能が低下し、熱中症や脳梗塞の誘因にもなります。鍼灸施術中は発汗量こそ多くないものの、来院までの移動や施術室の湿度などが症状悪化の引き金になることがあります。


2. 院内環境の温湿度管理

理想的な室温は25〜28℃、湿度は40〜60%です。特に湿度が高すぎると発汗による放熱が妨げられ、同じ温度でも熱中症リスクが上がります。エアコンとサーキュレーターを併用して空気を循環させ、待合室と施術室の温度差を最小限にします。直射日光は遮光カーテンで遮り、熱のこもりやすい西日対策も行います。施術ベッドごとの体感温度差にも注意し、患者が寒がっている場合はブランケットで調整しますが、厚着による体温上昇には注意が必要です。


3. 来院患者の体調観察ポイント

来院時のチェックは視覚・聴覚・会話から行います。顔色の赤みや青白さ、過剰発汗、息苦しそうな様子は早期兆候です。歩行時のふらつき、声のかすれも水分不足のサインとなります。問診では「今日は何時に起きましたか?」「来院前に水分を取りましたか?」と具体的に尋ね、単なる「大丈夫ですか?」よりも正確な情報を得られるようにします。施術中も瞼の動きや姿勢の保ち方に注意を払い、異常があれば中断して休息・補水を促します。


4. 水分・電解質補給の推奨方法

推奨する水分量は来院前後に150〜200mlずつ。真水のみではナトリウム不足を招く可能性があるため、30分以上の外出後や大量発汗後は経口補水液を勧めます。糖尿病や腎疾患のある患者には、糖分やカリウム含有量に配慮して飲料を選ぶ必要があります。待合室に常温水と冷水の両方を設置し、自由に飲めるようにすると来院者の満足度も上がります。


5. 高リスク患者への施術時配慮

高齢者、乳幼児、持病を持つ患者は特に慎重な対応が必要です。施術時間を短めに設定し、体位を頻繁に変えないことで血圧変動を防ぎます。湿度が高い環境では発汗が妨げられ、熱が体内にこもりやすいため、温熱刺激を使う施術(お灸など)では室温・湿度の管理をさらに厳密に行います。


6. 熱中症発症時の初期対応

発症の兆候があれば施術を即中断し、涼しい場所へ移動させます。首・脇・太ももの付け根など太い血管の通る部分を冷やすと効果的です。意識があり経口摂取可能な場合は冷水や経口補水液を与えますが、意識障害や嘔吐があれば救急搬送を手配します。院内に救急搬送マニュアルを掲示しておき、スタッフ全員が手順を把握しておくことが重要です。


7. 院内での予防啓発活動

予防は来院時だけでなく、院外活動としても行います。LINE公式アカウントで熱中症予防の豆知識を配信したり、ポスターやリーフレットを掲示したりします。施術後に外出予定がある患者には「直射日光を避けて」「30分おきに水分補給」など具体的な行動指示を行うと実践率が高まります。


8. スタッフ教育とシミュレーション

スタッフ全員が熱中症の初期症状と重症化サインを理解することが必須です。年に1回、疑似症例を用いた訓練を行い、発症から救急搬送までの時間を短縮する練習をします。役割分担を決め、搬送要請、冷却、患者記録を同時進行で行える体制を整えます。


院内熱中症予防・対応チェックリスト

  • □ 室温・湿度を毎日計測・記録している
  • □ 待合室に常温水・冷水を常備している
  • □ 高リスク患者には施術時間・刺激を調整している
  • □ 来院時に体調と水分摂取状況を確認している
  • □ 発症時の初期対応手順をスタッフ全員が把握している
  • □ 年1回以上の救急対応訓練を実施している

まとめ

熱中症や脱水症は、鍼灸院における夏季特有の重大リスクです。環境管理、患者観察、水分補給、施術時配慮、緊急対応の5つを柱に、全スタッフが共通理解を持つことで予防効果が高まります。さらに、患者やその家族への啓発活動を継続することで、院内外での安全意識を高められます。予防と対応は一度限りで終わらせず、毎年の見直しと改善を重ねることで、夏季における患者と院の安全を守ることができます。

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