共同意思決定(SDM:Shared Decision Making)は、専門職と患者さんが、選択肢の根拠や不利益、本人の希望を共有し、ケアの方針を一緒に考える対話です。鍼灸院では「施術を受けてもらうための説得」ではなく、何を大切にしたいか、どのような負担や不安があるかを聞くことから始めます。本人の希望だけで、安全性の問題や必要な受診を省略してよいわけではありません。
同意書・ティーチバックと何が違う?
同意書は説明や意思確認を記録する手段ですが、署名だけでは、選択肢を比べて考えた過程は分かりません。SDMでは、根拠と本人の価値観を擦り合わせ、方針を検討します。ティーチバックは説明が伝わったかを確認する方法で、この対話を支えるものです。
説明を一度に詰め込まず、理解を確かめる声かけは、患者説明に使うティーチバックの声かけと記録例を参考にしてください。理解の確認と、施術を受けるという意思は別々に確かめます。
施術方針を一緒に考える対話の進め方
米国AHRQのSHARE Approachは、患者参加を促し、選択肢を比較し、価値観を確かめ、一緒に決め、その判断を振り返る流れを示しています。次は、その考え方を参考にした当サイトの鍼灸院向けの声かけ案です。公式資料の翻訳や、日本の鍼灸に固有の標準手順ではありません。
- 何を相談するか共有する。「今日は、施術を受けるかどうかも含めて、気になることを一緒に整理しましょう」
- 選択肢を偏りなく説明する。安全性と適否を確認したうえで、提案する施術の目的、期待できることと不確かさ、起こり得る不利益、費用・所要時間を伝えます。「今日は鍼施術を受けずに持ち帰って考えることもできます」と、実施を前提にしない説明にします。
- 本人が大切にしたいことを聞く。「一番困っている場面は何ですか」「効果への期待だけでなく、鍼への不安や通院の負担はありますか」
- 方針と次の行動を確認する。「今日決めたことと、まだ決めていないことを確認しましょう」。本人が考える時間を必要としている場合は、急いで結論を求めません。
- 見直す時期を決める。「次に何を確かめるか」「不安や希望が変わったとき、どこへ連絡するか」を共有します。
NICEの指針も、選択肢の利点・不利益を話し合い、現在の方針を変えない選択を含めて検討することを示しています。ただし、「鍼施術を受けない」ことと「必要な医療を受けない」ことは区別します。受診が必要な状況では、その理由を説明して医療機関につなぎます。医師による治療や服薬の中止・変更を鍼灸師から指示しません。
患者さんに決定を丸投げしない
「あなたが決めてください」だけでは、選ぶための情報が不足します。施術者は、提案する理由と限界を説明し、患者さんが理解できる言葉で質問に答えます。希望を聞くことと、希望する施術を無条件で行うことは同じではありません。対応できない内容や安全に実施できない内容は、その理由を伝えます。
本人が望む場合は、家族などの支援者を交えて話す方法もあります。誰に参加してほしいかを本人に確認し、支援者だけで話を進めないようにします。理解や意思表示の支援が必要な場合は、個別の状況に応じた対応を検討してください。
施術記録に残す項目と架空の記録例
「同意あり」の一言に加えて、何を説明し、何を大切に考え、何が決まり、いつ見直すかを記すと、次の相談につなげやすくなります。次は記録の練習例で、実際の患者情報ではありません。
- 相談した内容
- 本日の鍼施術を受けるかどうか。
- 説明した情報
- 提案の目的、効果の不確かさ、不利益、費用・所要時間、本日は施術を受けずに検討する選択を説明。
- 本人の希望・懸念
- 鍼への不安があり、説明を持ち帰って考えたいとの希望。
- 決まったこと・保留事項
- 本日は鍼施術を行わず、施術を希望するかは保留。
- 次の確認
- 本人と相談して1週間後に質問を受ける機会を設定。院の連絡先を案内。
1週間はこの架空例の設定であり、標準的な確認間隔ではありません。実際には症状、安全性、本人の希望に合わせて決め、緊急性がある場合は後日の相談まで待たせません。SDMは、必要な診察や安全確認の代わりにはなりません。
よくある質問
患者さんが「先生に任せます」と言ったら?
どこまで説明や相談に参加したいかを聞き、専門職としての提案と理由を示します。不安や負担、避けたいことを確認し、任せるという言葉だけで説明を終えないようにします。
一度決めた方針は変えられますか?
希望や状況が変わったときに相談できることを伝え、方針を見直します。必要な医療や服薬については、担当の医療機関へ相談するよう案内します。






