はじめに ― 鍼灸臨床で理解すべき「血」の概念
東洋医学において「気・血・津液」は生命活動の三本柱とされ、その中でも「血(けつ)」は身体を栄養し、精神を安定させる根源物質として位置づけられます。
『黄帝内経・素問』には「血は気の母、気は血の帥(すい)」とあり、気と血は相互に生み・導き合う関係にあります。
血を理解することは、気血バランス・自律神経・精神安定の調整において不可欠であり、鍼灸臨床の基礎理論の中核をなします。
血とは何か ― 東洋医学的定義
東洋医学でいう「血」は、西洋医学の血液と完全に同義ではありません。
それは形(物質)と機能(働き)を併せ持つ生命エネルギー的存在であり、単なる循環液ではなく、「身体を潤し、心を養う動的な栄養体」としてとらえられます。
『血』の形成と循環
血は主に以下のプロセスで生成されます:
- 飲食物 → 脾胃で「水穀の精微」を生む
- これに肺の気と腎精が合わさり「営気(えいき)」となる
- 心の作用によって「血」として全身を巡る
したがって、脾(消化吸収)・心(循環)・肝(貯蔵・調節)が血の三大要所とされます。
血の主要な働き
機能 | 内容 | 関連臓腑 |
---|---|---|
栄養作用 | 臓腑・筋肉・皮膚・髪など全身に栄養を供給 | 脾・心 |
滋潤作用 | 皮膚・粘膜・関節などを潤し乾燥を防ぐ | 肝・肺 |
精神安定作用 | 「血は神を養う」とされ、心の落ち着き・睡眠・情緒を支える | 心・肝 |
生理作用の維持 | 月経・妊娠・出産・授乳などの生殖機能を支える | 肝・衝任脈 |
血が十分に巡ることで、体は温かく、心は穏やかに保たれます。
血の失調とその症候
血の状態は「不足(血虚)」と「滞り(瘀血)」の2つに分類されます。
鍼灸師が弁証で最も頻繁に出会う病機です。
① 血虚(けっきょ) ― 血の不足
定義:
血が不足し、臓腑・組織・精神が十分に養われない状態。
主な症状:
- 顔色が白い・唇が淡い
- めまい・立ちくらみ
- 動悸・息切れ
- 不眠・多夢・健忘
- 月経量減少・遅延・無月経
- 髪や爪の乾燥
代表的経穴・治法:
- 足三里(ST36):後天の気血生化を補う
- 脾兪(BL20):脾を健やかにし血を生む
- 膈兪(BL17):血会の穴。全身の血を調える
- 三陰交(SP6):血虚・月経不順・冷えに有効
補法+灸法が基本。温性刺激で脾胃を活発にし、造血力を高めます。
② 瘀血(おけつ) ― 血の滞り
定義:
血行が悪く、経絡や臓腑に停滞した状態。気滞や寒凝、外傷などが原因。
主な症状:
- 刺すような痛み・局所の固定痛
- 顔色が暗い・唇が紫
- しこり・腫れ・月経血が黒く塊を含む
- 肩こり・頭痛・冷え性
代表的経穴・治法:
- 膈兪(BL17):瘀血除去の要穴
- 血海(SP10):血の滞りを散らし皮膚の血行を促す
- 太衝(LR3):肝の疏泄を促し血流改善
- 合谷(LI4):全身の気血流を整える
瀉法・温経散寒法を組み合わせ、局所と全身の気血流を改善します。
鍼灸による「血」の調整法
鍼灸では、経絡上の血会・脾経・肝経を中心に「補血」「活血」を行います。
補血(ほけつ)
血虚タイプに対して行う。
- 主穴:三陰交・足三里・脾兪・血海
- 補法・灸法・温熱刺激を併用
- 食後・疲労時を避け、安静下で実施
活血化瘀(かっけつかお)
瘀血タイプに対して行う。
- 主穴:膈兪・太衝・合谷・血海
- 微瀉法・温経法・カッピング併用可
- 慢性痛や月経痛などに応用
経絡と連動した調整
- 肝経 → 血の貯蔵と情動安定
- 脾経 → 血の生成・統血
- 心包経 → 精神面へのアプローチ
→ これらを組み合わせ、「気血同調」を目標に施術します。
血を養う漢方と薬膳
漢方処方例(目安)
目的 | 処方 | 主な構成生薬 |
---|---|---|
補血・養血 | 四物湯(しもつとう) | 当帰・川芎・芍薬・地黄 |
補気・養血 | 十全大補湯(じゅうぜんたいほとう) | 四物湯+四君子湯の合方 |
活血化瘀 | 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん) | 桂皮・茯苓・牡丹皮・桃仁・芍薬 |
⚠️ 鍼灸師は直接処方できませんが、症例理解・医師との連携において漢方理論を把握しておくことは有益です。
薬膳・食養生
血を補い巡らせる食材を紹介します:
目的 | 食材例 | 備考 |
---|---|---|
補血 | 黒ごま、クコの実、レバー、ほうれん草、ナツメ、プルーン | 貧血・冷えに |
活血 | 玉ねぎ、しょうが、黒酢、紅花、シナモン | 瘀血・月経痛に |
精神安定 | はちみつ、蓮の実、小豆、くるみ | 不眠・不安感に |
鍼灸治療後に食養生を併用することで、治療効果を長期的に維持できます。
血と「気」「津液」との関係
東洋医学では、血単独で存在せず、気・津液と密接に関連しています。
- 気は血を生じ、血を巡らす(気為血之帥)
- 血は気を養い、気を安定させる(血為気之母)
- 津液は血を潤す(津血同源)
鍼灸臨床では、「気虚による血虚」や「気滞による瘀血」など、気血両面からの弁証施術が重要です。
まとめ ― 血を整えることは、身体と心を整えること
「血」は、単なる体液ではなく、身体を潤し、精神を支える“生命の質”そのものです。
血が不足すれば疲労と不安が生まれ、滞れば痛みや冷えを招きます。
鍼灸師は、脈・舌・顔色・情緒などから血の状態を読み取り、
補血・活血・調気の三本柱をもって、患者の全体バランスを回復させます。
気と血が調和したとき、生命のリズムは安定し、内外ともに健やかな状態が得られるのです。
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