はじめに ― 鍼灸師が見直す“お灸”の力
お灸(灸法)は、東洋医学において 気血の流れを温熱刺激によって整える伝統療法 です。『黄帝内経』や『養生訓』にも登場し、古来より未病を防ぐ手段として活用されてきました。
江戸時代には「三里の灸は長命の灸」として庶民の健康法として定着し、旅人は足三里にお灸を据えながら道中の疲労回復を図ったといわれています。
現代鍼灸においても、お灸は 冷え性・疲労・自律神経失調・慢性痛 のセルフケア指導において有効であり、自宅灸(セルフ灸) の正しい指導は鍼灸師に求められるスキルの一つです。
お灸の基礎理論 ― 経絡と気血を整える温熱刺激
お灸の主原料である 艾(もぐさ) は、ヨモギ(Artemisia princeps)の葉毛を乾燥・精製して作られます。
その燃焼熱は局所を温めるだけでなく、経絡を介して 気血の流れを活性化 し、以下のような生理的変化をもたらします。
- 局所血流の改善:毛細血管拡張による循環促進
- 鎮痛作用:熱刺激によるエンドルフィン分泌促進
- 免疫賦活作用:白血球増加、マクロファージ活性化
- 自律神経調整:副交感神経優位への転換
これらの作用は、単なる温熱効果を超えた「経絡生理学的治効反応」として位置づけられています。
自宅でできるお灸の作り方(臨床指導用ガイド)
セルフケアに適したお灸は、台座灸(温灸) が最も安全です。直接灸(透熱灸)は高度な温度管理を要するため、プロ施術以外では推奨されません。
必要な材料
- 精製もぐさ(市販の灸用でも可)
- 台座(厚めの生姜片・にんにく片・塩台なども応用可)
- 耐熱皿または金属容器
- ピンセット
- マッチまたはライター
- タオル・水などの安全対策具
もぐさの作り方
- ヨモギの葉を採取し、風通しの良い場所で完全乾燥
- 乾燥葉を手でもみほぐし、細かく粉砕
- ふるいにかけて繊維質を除去し、柔らかい部分のみを集める
- フワフワした繊毛部分を圧縮して円錐状の灸芯を形成
👉 この“繊毛部分”が高品質な「艾(もぐさ)」の核心です。
お灸の実践手順(セルフ灸指導にも)
- ツボを選定
セルフ灸で代表的な経穴は以下の通り:
- 足三里(ST36):胃腸機能・疲労回復・免疫強化
- 三陰交(SP6):冷え・月経不調・自律神経調整- 合谷(LI4):肩こり・頭痛・ストレス緩和
- 台座を設置
生姜やにんにくのスライスを台座にし、その上にもぐさを置く。 - 点火と温度確認
ピンセットで持ち、火をつけて自然燃焼を確認。灸感(温かさ)を感じたら、熱痛に至る前に除去。 - 燃焼後のケア
使用後は皮膚を清拭し、保湿または冷却を行う。
お灸の臨床的効果と応用領域
| 目的 | 主な経穴 | 生理的効果 |
|---|---|---|
| 冷え性・末梢循環不良 | 三陰交、太渓 | 血管拡張、温熱効果 |
| 自律神経の乱れ・不眠 | 百会、内関、足三里 | 副交感神経優位化 |
| 慢性痛(肩・腰・関節) | 肩井、腎兪、大椎 | 鎮痛・筋緊張緩和 |
| 免疫力向上・疲労回復 | 足三里、肝兪、脾兪 | 白血球増加・NK細胞活性化 |
現代研究では、灸刺激による サイトカインバランスの正常化 や 自律神経指標の改善(HRV・皮膚血流量) も報告されています。
注意点と禁忌
- 炎症性皮膚疾患や糖尿病性神経障害部位への施灸は避ける
- 妊娠初期・高熱時・アルコール摂取後は禁忌
- 台座灸であっても火傷防止のため 熱感の限界を超えない
- 患者指導では「刺激量よりも継続性」を重視
まとめ ― 鍼灸師が伝える“現代のお灸”の価値
お灸は単なる民間療法ではなく、経絡理論に基づいた温熱刺激療法 です。鍼刺激が「気血の動的調整」であるのに対し、灸刺激は「虚寒を補い、経絡を温める静的調整」といえます。
鍼灸師が患者にセルフ灸を指導する際は、
- ツボ選定の意図(証に基づく)
- 適切な温度と時間
- 刺激頻度の調整
を的確に伝えることで、安全かつ効果的なホームケアを実現できます。
“灸で温め、経絡をひらく” ― それは現代人の冷えとストレスに対する最良のセルフメディスンです。
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