はじめに ― 陰陽五行論は鍼灸理論の土台
陰陽五行論は、東洋医学・鍼灸理論の根幹をなす体系的な世界観です。宇宙の生成から人間の生命活動、臓腑の働きや感情の変化まで、すべてを「陰陽のバランス」と「五行の循環」によって説明します。陰陽は対立しながらも相補い、五行は互いに生み抑え合うことで自然の秩序を保ちます。鍼灸臨床においても、陰陽の偏りや五行の乱れを整えることは、単なる症状改善にとどまらず、身体全体の調和を回復する本質的な治療につながります。本記事では、陰陽五行論の基礎から、鍼灸における臨床応用までを体系的に整理し、現代臨床でどう生かすかを明確にしていきます。し、生理機能・臓腑関係・自然環境との連動を説明する理論です。
『黄帝内経・素問』では、
「陰陽は天地の道なり、万物の綱紀なり」
と説かれ、陰陽の調和が健康の根本であるとされています。
鍼灸臨床においても、陰陽の偏りや五行の不調和を正すことが、根本治療への第一歩です。
1.陰陽論 ― バランスこそ生命の原理
陰陽の性質
| 区分 | 陽 | 陰 |
|---|---|---|
| 性質 | 動・熱・外・明・上昇・興奮 | 静・寒・内・暗・下降・抑制 |
| 臓腑 | 六腑(胃・胆・大腸など) | 五臓(肝・心・脾・肺・腎) |
| 時間 | 昼・夏・春 | 夜・冬・秋 |
| エネルギー | 気 | 血・津液 |
陰陽は対立しながらも互いに依存し、転化する関係にあります。
この関係は「陰陽互根」「陰陽制約」「陰陽消長」「陰陽転化」として整理されます。
陰陽失調の臨床的意味
- 陽虚:冷え、倦怠、下痢、低体温など(陽気不足)
- 陰虚:乾燥、不眠、のぼせ、ほてりなど(陰液不足)
- 陰盛陽虚:寒が強く活動性低下
- 陽盛陰虚:熱感・炎症・興奮性亢進
鍼灸では、補法・瀉法・灸法などにより、この陰陽の偏りを整えることが目的となります。
2.五行論 ― 自然界と人体をつなぐ五つの原理
五行とは「木・火・土・金・水」の五つのエネルギー要素を指します。
それぞれが自然界・季節・臓腑・感情・色・味などと対応し、
人間の生理・病理を包括的に説明します。
| 五行 | 木 | 火 | 土 | 金 | 水 |
|---|---|---|---|---|---|
| 季節 | 春 | 夏 | 長夏 | 秋 | 冬 |
| 方位 | 東 | 南 | 中央 | 西 | 北 |
| 臓腑 | 肝・胆 | 心・小腸 | 脾・胃 | 肺・大腸 | 腎・膀胱 |
| 情志 | 怒 | 喜 | 思 | 憂 | 恐 |
| 体部 | 筋 | 血脈 | 肌肉 | 皮毛 | 骨 |
| 五官 | 目 | 舌 | 口 | 鼻 | 耳 |
| 色 | 青 | 赤 | 黄 | 白 | 黒 |
この対応関係を理解することで、症状の根源がどの臓腑・要素に由来するかを弁別でき、鍼灸施術の方針を明確に立てられます。
3.五行の相互関係 ― 相生と相克
五行は単独で存在せず、「相生(助け合い)」と「相克(制御し合い)」によって循環バランスを保ちます。
(1)相生関係(そうせい)
一方が次を生み出す、調和的な循環。
木 → 火 → 土 → 金 → 水 → 木
| 例 | 意味 | 臨床例 |
|---|---|---|
| 肝(木)が心(火)を生む | 肝血が心を養う | 血虚で動悸・不眠 |
| 脾(土)が肺(金)を生む | 食気が肺気を支える | 消化不良による呼吸浅さ |
(2)相克関係(そうこく)
一方が他を抑制し、均衡を保つ関係。
木剋土 → 土剋水 → 水剋火 → 火剋金 → 金剋木
| 例 | 意味 | 臨床例 |
|---|---|---|
| 肝(木)が脾(土)を剋す | ストレスが消化機能を阻害 | 肝気鬱結による胃痛・便秘 |
| 水(腎)が火(心)を剋す | 腎陰が心火を制御 | 陰虚性の不眠・のぼせ |
五行の乱れが症状の背景にある場合、
「相生を助け」「相克の過剰を抑える」ことが鍼灸施術の基本戦略になります。
4.陰陽五行論の鍼灸臨床応用
① 五臓の陰陽バランス調整
各臓腑の陰陽関係を理解し、虚実に応じた補瀉を行います。
| 臓腑 | 傾向 | 主な鍼灸治療方針 |
|---|---|---|
| 肝 | 陽盛になりやすい(怒・上衝) | 太衝・行間で疏肝理気 |
| 心 | 陽過多または陰虚 | 神門・少府で心火を清す |
| 脾 | 陰虚・気虚傾向 | 足三里・脾兪で健脾益気 |
| 肺 | 陰虚または気滞 | 太淵・中府で補肺・宣発 |
| 腎 | 陰虚・陽虚いずれも | 太渓・関元で補腎・温補 |
② 季節と五行の応用
季節ごとの五行変化に合わせて施術の重点を変えることも重要です。
| 季節 | 五行 | 鍼灸の重点 |
|---|---|---|
| 春(木) | 肝の疏泄を助け、気滞を防ぐ | 太衝・行間 |
| 夏(火) | 心火を清し、津液を保つ | 神門・少海 |
| 長夏(土) | 脾胃を整え湿を除く | 足三里・陰陵泉 |
| 秋(金) | 肺気を養い乾燥を防ぐ | 太淵・列缺 |
| 冬(水) | 腎陽を温め寒邪を防ぐ | 命門・関元・太渓 |
5.陰陽五行論の現代的意義
陰陽五行論は単なる古典理論ではなく、心身の恒常性を説明する生理モデルです。
自律神経・ホルモン・免疫などの調和も、この理論に基づいて理解・応用が可能です。
また、患者の体質・感情・生活環境を五行的に捉えることで、
「根本原因への施術(本治)」と「症状緩和(標治)」のバランスを図ることができます。
まとめ ― 陰陽と五行の調和が健康を導く
陰陽五行論は、自然界と人体のあらゆる現象を統一的に理解するための東洋医学の哲理です。陰陽の消長と五行の相生・相克を知ることは、病の根を見極め、個々の体質や季節変化に即した治療方針を立てる上で不可欠です。鍼灸臨床では、経絡を通じて陰陽の調和を回復し、五行の循環を整えることで、心身両面のバランスを再構築します。陰陽五行論を「理論」ではなく「診察・治療の羅針盤」として活用できることが、真の東洋医学的臨床の到達点です。古典の智慧を現代に生かし、変化する患者の身体と心に柔軟に対応できる鍼灸師でありたいものです。
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