過敏性腸症候群に対する鍼灸治療の効果と対策法|IBSの基礎知識

1. 過敏性腸症候群(IBS)とは?

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)は、腸の機能的な異常によって起こる慢性疾患です。
大腸や小腸に構造的な異常がないにもかかわらず、腹痛・下痢・便秘・膨満感などの症状が繰り返し現れます。

IBSは日本でも成人の約10〜15%に見られ、仕事や学業、日常生活に支障をきたすことも少なくありません。
鍼灸師としては、腸の働きだけでなく、自律神経・ストレス・心身のバランスという広い視点での理解が重要です。


2. IBSの主な症状とタイプ分類

IBSの症状は人によって異なり、以下のように分類されます。

🔹 主な症状

  • 腹痛・腹部不快感:排便によって症状が軽減するのが特徴。
  • 便通異常:便秘型(IBS-C)、下痢型(IBS-D)、混合型(IBS-M)。
  • 腹部膨満感・ガス:ガスの増加による張りや違和感。
  • 便の形状変化:硬便や軟便など、便の状態が安定しない。

🔹 タイプ分類(Rome IV基準)

タイプ特徴
IBS-C便秘が主症状。排便が困難で残便感がある。
IBS-D下痢が多く、急な便意を感じやすい。
IBS-M便秘と下痢が交互に出現する。
IBS-Uどのタイプにも明確に当てはまらない。

3. IBSの原因:多因子が関与する複雑なメカニズム

IBSは単一の原因ではなく、いくつかの要因が複雑に関係しています。

生理学的要因

  • 腸の運動異常:腸の蠕動(ぜんどう)運動が不規則になり、便通が乱れる。
  • 腸の知覚過敏:腸内の神経が過敏化し、通常より強く痛みを感じる。

腸内環境の乱れ

  • 腸内細菌叢(フローラ)のアンバランスが、ガスの増加や腸の炎症を引き起こす。
  • プロバイオティクスの有効性が近年注目されています。

精神的・神経的要因

  • ストレスや不安によって**脳腸相関(Brain–Gut Axis)**が乱れ、症状が悪化。
  • 自律神経(交感・副交感)のバランスが崩れることで、腸の働きに影響を与える。

生活習慣要因

  • 不規則な食事、睡眠不足、過労、運動不足。
  • 脂肪や刺激の多い食品、カフェイン、アルコールの過剰摂取。

4. 診断:ローマIV基準による評価

IBSの診断は、明確な器質的疾患がないことを確認した上で、症状の持続性と特徴から判断されます。
代表的な診断基準が「ローマIV基準(Rome IV Criteria)」です。

ローマIV基準のポイント

過去3ヶ月の間に以下を満たす:

  • 週1回以上の腹痛を経験している
  • 症状出現時に便の形や頻度が変化している
  • 排便によって痛みが軽減する傾向がある

5. 鍼灸によるIBSへのアプローチ

東洋医学的な見立て

東洋医学では、IBSは「脾胃の虚弱」「肝気のうっ滞」「気滞血瘀(きたいけつお)」などの状態として捉えられます。
つまり、ストレスによる気の滞りと、冷え・虚弱による消化機能の低下が組み合わさっている状態です。

鍼灸の主な作用機序

  • 自律神経の調整:副交感神経を優位にして腸の緊張を緩める。
  • 血流と代謝の改善:腹部・腰部の血流促進により冷えを軽減。
  • ストレス軽減:脳内ホルモン(セロトニンなど)のバランスを整える。

代表的なツボ

ツボ名位置効果
中脘(ちゅうかん)みぞおちとへその中間胃腸の働きを整える
天枢(てんすう)へそから指3本分外側腸の動きを調整
足三里(あしさんり)膝下の外側消化吸収を助け、体力を補う
合谷(ごうこく)手の甲、人差し指と親指の間ストレス緩和、自律神経調整

※強い腹痛や下血、体重減少がある場合は、必ず消化器専門医を受診してください。


6. 鍼灸以外の補助的対策

食事療法

  • 低FODMAP食(発酵性糖質を控える)を試してみる。
  • 食物繊維は「水溶性食物繊維(オートミール・海藻)」を中心に摂取。
  • 冷たい飲食物や刺激物は控えめに。

ストレスケア・マインドフルネス

  • 深呼吸や瞑想、軽い運動で副交感神経を活性化。
  • 十分な睡眠をとり、腸を休める習慣を。

医療・薬物療法

  • 鎮痙薬、整腸剤、抗うつ薬(少量)などが補助的に用いられる場合もあります。
  • 鍼灸と併用することで、より包括的なケアが可能です。

7. まとめ:鍼灸で「脳腸のバランス」を整える

過敏性腸症候群は、「腸だけでなく心と神経の病」ともいわれます。
鍼灸治療は、腸の運動を整え、自律神経と心身のバランスを調整する自然なアプローチとして有効です。

日々のストレスケアと生活習慣の改善を組み合わせることで、
「再発しにくい、整った腸」を育てることができます。

※症状が続く場合や不安がある際は、医師や鍼灸師にご相談ください。

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