はじめに ― 鍼灸臨床における「つわり」への対応
つわり(悪阻)は、妊娠5週〜12週頃に多く見られ、ホルモン変化(hCG上昇)・自律神経バランス・心理的要因 などが関与するとされています。
症状は軽度の食欲不振から、重度の嘔吐・脱水を伴う妊娠悪阻(hyperemesis gravidarum) まで幅広く、早期介入が重要です。
鍼灸では、古来より「安胎」「理気和胃」「疏肝安神」の目的で施術が行われ、現在も非薬物療法として安全性が高く、WHOも一定の有用性を認める領域とされています。
東洋医学的なつわりの病機分類
つわりは、東洋医学的に以下のような病機に分類されます:
病機タイプ | 主な症状 | 治療原則 |
---|---|---|
脾胃不和 | 嘔吐・食欲不振・倦怠感 | 和胃降逆・健脾益気 |
肝気犯胃 | 胸苦しさ・吐き気・情緒不安 | 疏肝理気・和胃止嘔 |
胃熱上逆 | 胃部のつかえ・口苦・便秘傾向 | 清胃降逆・安胃止嘔 |
気血両虚 | めまい・息切れ・疲労感 | 補気養血・安胎益気 |
つわりに有効とされる4つの代表的経穴
1. 内関(ないかん/PC6)
位置: 手首の内側、手関節横紋から指3本分上、橈側手根屈筋腱と長掌筋腱の間。
主治: 嘔吐、乗り物酔い、不安、不眠。
作用: 胃気を下行させ、横隔膜の緊張を緩める。自律神経を整え、精神安定を促す。
👉 つわりの鍼灸では最も使用頻度の高い経穴。WHOも「妊娠悪阻に対して有用」と報告。
2. 合谷(ごうこく/LI4)
位置: 手の甲側、親指と人差し指の骨が交わる場所のやや人差し指寄り。
主治: 頭痛、全身の調整、ストレス緩和。
作用: 全身の気血を巡らせ、情緒安定を助ける。
⚠️ 注意点: 妊娠初期は刺激が強すぎると子宮収縮を誘発する可能性があるため、軽刺激または避ける判断も必要。安定期以降または軽度刺激にとどめる。
3. 足三里(あしさんり/ST36)
位置: 膝蓋骨下縁から指4本分下、脛骨外側縁。
主治: 胃腸障害、全身倦怠、免疫低下。
作用: 胃気を整え、脾胃を補う。エネルギー代謝の安定化を促進。
👉 吐き気・食欲不振・消化不良を伴う妊婦の体調管理に有効。灸療法も推奨される。
4. 湧泉(ゆうせん/KI1)
位置: 足裏の中央よりやや指寄り、足を軽く曲げたときにできる最も深いくぼみ。
主治: 全身の疲労、精神不安、冷え。
作用: 腎気を補い、身体の安定感を取り戻す。精神を落ち着け、下焦の虚寒を補う。
👉 妊婦の気の上逆(気が上に昇って落ち着かない)を鎮め、リラックスを促す目的で使用。
鍼灸施術・セルフケア時のポイント
施術の基本方針
- 刺激は軽めに(補法中心)
- 腹部・腰部への刺鍼・温灸は避ける(特に妊娠12週まで)
- 体位は半座位・側臥位で無理のない姿勢
- 施術中は必ず声かけ・体調確認を行う。
セルフケア・お灸指導
- 台座灸(温灸)を使用し、皮膚に直接灸痕が残らない方法を推奨。
- 熱感を感じたらすぐに取り除く。
- 施灸時間は1穴あたり5分程度を目安に。
- 食後1時間以内の施灸は避ける。
- 高温多湿時や脱水傾向があるときは控える。
鍼灸+生活指導による包括的アプローチ
つわりの症状軽減には、鍼灸施術だけでなく生活リズムの調整も重要です。
アプローチ | 内容 |
---|---|
栄養管理 | 無理な食事制限を避け、少量を分けて摂取。水分補給を重視。 |
睡眠と休息 | 十分な睡眠と、昼寝など短時間の休息を推奨。 |
呼吸法・ヨガ | 深呼吸・軽いストレッチにより副交感神経を優位に。 |
情緒サポート | 家族・パートナーによる精神的支援を確保。 |
臨床メモ(鍼灸師向け)
- つわりは「母体を守る生理的現象」とも解釈できるが、脾胃虚弱+気滞 の合併例が多い。
- 施術目標は「嘔吐を止める」よりも「気機を整え、精神安定を図る」こと。
- 悪阻が重度で脱水・体重減少・ケトン尿を伴う場合は、必ず産婦人科医と連携。
- 鍼灸は補助療法として位置づけ、医学的管理下で行うこと。
まとめ
つわりは妊娠中の一過性の不調ではありますが、適切なケアを行うことで症状の緩和と精神的安定を得ることができます。
鍼灸では、
- 内関(理気止嘔)
- 足三里(健脾和胃)
- 湧泉(補腎安神)
- 合谷(全身調整)
を中心に、安全かつ穏やかな刺激で施術することが基本です。
妊婦への施術は慎重な配慮が求められますが、適切に行えば「薬を使えない時期の安心なサポート」として高く評価されています。
鍼灸師は産婦人科的知識を持ち、安全性と信頼性を重視した施術を提供していきましょう。
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