夏目漱石の『門』には肩のこりを描いた場面があります。ただし、その用例だけで「肩こり」という言葉を漱石が作ったとは断定できません。作品の描写と、言葉の初出・語源を分けて読むと、文学と身体の感覚の関係が見えてきます。
『門』では誰の肩がこっている?
『門』は1910年に発表された作品です。第11章では、御米(およね)が宗助(そうすけ)に肩のあたりを押してもらう場面があります。御米の訴えに合わせて宗助が手の位置を変え、首と肩の境目から少し背中寄りの部分が「石のように凝っていた」と描かれます。
この場面でこりを訴えるのは御米です。身体の感覚を「石」にたとえる描写から、読者にも局所の硬さやつらさが伝わってきます。ただし、小説の登場人物の症状は作者本人の診療記録ではありません。
「肩こり」の語源と、作品中の用例は別
ある作品に表現が使われていることは、その用例を示します。一方、「その作者が初めて作った」と判断するには、それ以前の辞書や文献も調べる必要があります。『門』の一節を、造語の証明として扱うことはできません。
同じ場面では、宗助が祖父から聞いた昔の言葉として「早打肩(はやうちかた)」を思い出します。現代の肩こりと医学的に同じ状態かは別として、作品の中でも、肩の不調を語る古い言い方が紹介されています。
文学の描写と、漱石本人の治療歴
『門』に肩を押す場面があることから、漱石本人が鍼灸を受けた、鍼灸で健康を維持した、と推測することはできません。治療歴を知るには、日記や書簡など、その事実を直接示す資料が必要です。
作品の面白さは、治療効果を裏づけることとは別にあります。御米の訴えと宗助の動作を追い、身体のつらさがどのような言葉で表現されるかを読んでみてください。
現代の肩こりは、原因を確かめて対処する
肩こりには、長時間同じ姿勢でいること、運動不足、精神的なストレスなどが関係します。首や肩関節の病気に伴う場合もあるため、文学の描写と似ているからといって原因が同じとは限りません。
日常では姿勢を変える時間をつくり、無理のない運動を心がけましょう。症状が続く、強まる、生活に支障がある場合は医療機関へ相談してください。しびれ・脱力などがある場合の案内と鍼灸の位置づけは、肩こり・首の痛みで受診を優先する症状にまとめています。小説の場面をまねて強く押すことを勧めるものではありません。






