日本鍼灸大学(仮)の第1弾企画「鍼灸雑記」では、世間話の延長で今更聞けないお互いの疑問を雑談混じりにぶつけてもらいます。初回は、鍼灸Meridian烏丸・明治国際医療大学客員教授の中根はじめ先生とセイリン株式会社 国内営業部 井上綱介氏です。
鍼灸師とメーカーと違う立場で活躍してきた2人が日々思うことは?
「鍼灸雑記#1」で語られた主なトピック
鍼灸業界の体質
鍼灸業界はクラシックな体質の業界で、なんともいえない閉塞感が漂っているように感じる。その一因は業界が現代医学(医療)にこだわっていることがあげられる。
医者、エステティシャン、美容皮膚科など、ほかの業種の土俵にあがって戦おうとしてしまっている。先へ先へと進む現代にあって「クラシックな業界」では済まなくなっている。自分たちの鍼灸業界の特徴や強み、なぜ東洋医学なのかということが前面に出ず、自分たちらしさが表れないことが閉塞感の理由。
いわゆる「医療行政」的な医師をヒエラルキーの頂点としたときに、その中に自分たちがどう位置づけられるかに対する疑問が浮かぶ。
日本鍼灸大学(仮)の成り立ち
きっかけは中根一先生との会話の中から日本鍼灸大学(仮)が立ち上がってきた。ある学校に面白い人たちがいて、その理由が「社会人経験がある人が多かった」ことを挙げる中根先生。
それを起点に鍼灸業界を目指す学生さんへアンケートを行ったところ、その解答に業界への不安や悩みが多く見受けられたことから、その現状を変える方法の1つとして、将来の鍼灸師となる学生さんたちに直接業界のことを伝え、情報を提供することに意義を感じ、日本鍼灸大学(仮)へつながることになった。
鍼灸院と施術料
学生さんたちや若い鍼灸師たちの悩みの1つに施術料の設定方法にまつわる悩みがよく見受けられる。施術料は、ベッド数や1日あたりの患者数、月のランニングコストから計算できるが、難しいポイントはスタッフが増加することを計算していないケースが多いこと。自分ひとりで回していくことを前提に開業してしまうと、スタッフが増えたとしてもベッド数を増やすこともできず、人件費が増える結果に陥る。
「その地域で一番高い料金設定にする」という考え方がある。地域の最高値を参照することで、その地域にいる人たちが、施術にどれくらいのコストをかけられるのかという価値観を把握することができる。高い金額設定が1つの「賭け」ではないかという指摘に対して、「一本の鍼の価値」の例を出す中根先生。1回の施術は、その鍼灸師が育んできたキャリアに基づいて行われており、技術を習得するまでにかけてきたコストから、金額を設定することが必要である。
社会を成り立たせているシステムのなかで、自分のできることを考えて、稼ぎながら税金などのかたちで社会に還元していかなければならず、それができない値段を設定することは「ゲームのルールがわかっていない」状態ともいえる。法外な高額料金はもってのほかであるが、反対に法外なまでの安価な料金設定は自分のキャリアにとっても失礼な選択となりうる。
エレガンスであること
貴族の本質とは「お金や暮らしのベースを維持するために人生の選択をすることをしない」人のこと。エレガンスの本質は、優雅さやお金持ちであることではなく、丁寧さに備わり、ふるまいに至るまでの気遣いに現れる。
ファッションが話にあがったことをきっかけに、学生の前に立つときの服装について語る中根先生。初めて会う学生たちを前に授業する際には、年代や東洋医学へのイメージをあらかじめ想定したうえで、どのような印象を持たれるかを考えて服装を決めているという。
優秀な鍼灸師の鍼を打つ佇まいは美しい。それは鍼をただ打つのではなく、どういう呼吸でどこにどんな思いで打つのかを治療や勉強時に練習を積み重ねており、そこに丁寧さと「エレガンスさ」が宿っているからだ。忙しさなどの理由から、時間勝負の仕事をしていくと、効率重視の施術になる。効率的にさばいていく姿も、悪いものではないが、どちらかが自分に合っているのかを選択する必要がある。
理由のない指導
学習指導要領として「切皮時に何回で施入するべきか?」の方針が存在する。ただしこれは、確実な根拠や理由などが教員にも明確な説明ができないまま指導されている。背景にある事象や理由が伝達されないまま数字だけが教えられていくと、世代を超えて技術を継承していくことができなくなってしまう。「なぜなのか?」という根拠や熱量でもって、若い世代に伝えていくことが重要。今回の対談の生の声も、テキストでは埋まらない「熱量」につながることを期待している。
左の手、右の手
鍼灸の施術でも重要だといわれる「左の手」。漢字の成り立ちは「右」は仕事をすることを意味し、「左」は支えることを意味する。支えがなければ何事も成立しない。そこから転じて、仕事を支えてくれるスタッフやお弟子さんがいなければ仕事も成立しないという中根先生。チーム編成のなかで、スタッフやお弟子さんが一番大事だとわかる。「左が大事」ということから、チーム編成にまでイメージを膨らませることができる。古典や言葉、鍼灸の勉強は、実務的な技術だけではなく考え方やイメージを育む力がある。
テキストの外側にあるもの
ある事象をそのまま見るのではなく、違う角度から見つめること。まったく異なる文脈が存在するかもしれないことなどを学べる機会が重要。行間を読むこと、イメージを膨らませることができて、テキストの行間にある物事や、テキストの前後を埋めるような情報を伝えていくことが望まれている。
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中根一(なかね はじめ)
鍼灸Meridian烏丸 代表 .。明治国際医療大学 客員教授。経絡治療学会 理事。岡田明祐氏・明三氏に師事。京都にて臨床に携わる傍ら、国内外の医療大学・専門学校などにおいて後進の育成にも積極的に行う。「ウェルビーイング(Well-being)」「生き方を変える力を持つ」などをテーマに東洋医学の可能性についての講演は、全国から厚い支持を得ている。
鍼灸Meridian烏丸
https://www.ac-meridian-karasuma.com/
Club Meridian(私塾・勉強会)
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井上綱介(いのうえ こうすけ)
日本製鍼灸鍼メーカー セイリン株式会社 国内営業部 所属。
セイリン株式会社
https://www.seirin.jp/