1. 高次機能障害とは?どんな状態のこと?
高次機能障害とは、脳にダメージが起こった結果、「考える・覚える・判断する・コミュニケーションする」など、日常生活や社会生活に不可欠な認知機能がうまく働かなくなる状態を指します。
具体的には、次のような場面で困りごとが現れることがあります。
- 約束や予定を忘れてしまう
- 会話の内容を正しく理解できない/言葉が出てこない
- 同時に2つのことを進めると混乱する
- イライラしやすくなる、場にそぐわない発言をしてしまう
- 家事や仕事の段取りが組めない
- これまで普通にできていたことが「なんとなくできない」
高次機能障害は、外から見えにくいことも多い一方で、ご本人の日常生活、就労、対人関係、自己肯定感に大きな影響を与えることがあります。
そのため「適切に理解されないまま“性格の問題”にされてしまう」ことが大きなストレスになります。まず“脳の障害である”という正しい理解がとても大切です。
2. 高次機能障害の主な種類と症状
高次機能障害といっても、困りごとは人によって大きく違います。代表的な症状をわかりやすく整理します。
2-1. 記憶障害(きおくしょうがい)
どんな状態?
新しい情報を覚えられない、最近の出来事を思い出せない、同じ質問を何度もしてしまうなど。
生活での困りごと例:
・約束の時間を忘れる
・さっき聞いた内容をまた尋ねてしまう
・「何でここに来たんだっけ?」となる
短期記憶(今起きたこと)やエピソード記憶(出来事としての記憶)が特に影響を受けやすいといわれます。
2-2. 注意障害(ちゅういしょうがい)
どんな状態?
集中が続かない、気が散りやすい、複数のことを同時に処理できない、といった状態です。
生活での困りごと例:
・作業中にすぐ別のことに意識が向く
・ちょっとした音や会話に反応して集中が途切れる
・計算や書類チェックなどでミスが増える
仕事や勉強だけでなく、調理・運転・金銭管理などにも影響します。
2-3. 言語障害(失語症)
どんな状態?
自分の考えを言葉にできない、相手の話が理解しづらい、読み書きが難しくなるなど、言語の「受け取る」「伝える」両面で困難が出ます。
生活での困りごと例:
・言いたい言葉がすぐ出てこない
・相手の説明が長くなると頭に入ってこない
・文字を読むのにとても時間がかかる
周りから「聞いていない」「返事が遅い」と誤解されやすい症状でもあります。
2-4. 遂行機能障害(すいこうきのうしょうがい)
どんな状態?
計画を立てる・優先順位を決める・段取りを組む・状況に応じて行動を切り替える、といった“実行力”が落ちる状態です。前頭葉の損傷と関係することが多いとされています。
生活での困りごと例:
・家事や仕事の手順がバラバラになる
・突然の予定変更に対応できない
・「今は何をすべきか」を判断できず止まってしまう
表面的には「やる気がない」と勘違いされやすい症状です。
2-5. 視空間認知障害(しくうかんにんちしょうがい)
どんな状態?
物の位置関係・向き・距離感などの把握が難しくなる障害です。
生活での困りごと例:
・コップがどこにあるかわからない
・段差やドアの位置を見誤る
・地図や文字のレイアウトを読み取れない
・物をよく落としたりぶつけたりする
車の運転や歩行中の安全にも影響しやすい領域です。
2-6. 社会的認知障害(社会的判断の困難)
どんな状態?
相手の気持ち・表情・場の空気を読み取る力が低下する状態です。
生活での困りごと例:
・相手の冗談や間接的な言い方がわからない
・不適切なタイミングで怒る・笑うなど、周囲とズレる
・対人トラブルが増える
「性格が変わった」と思われやすいのですが、実は脳機能の変化が背景にあることが多い部分です。
3. 高次機能障害はなぜ起こるの?主な原因
高次機能障害は「脳のどこが、どのように傷ついたか」と深く関係します。主な原因は次のとおりです。
3-1. 脳卒中(脳梗塞・脳出血など)
脳の血管が詰まったり破れたりすることで、その部位の神経細胞がダメージを受けます。
たとえば、言語の中心にダメージがあれば言語障害、前頭葉なら遂行機能障害、側頭葉なら記憶障害といった形で症状が現れることがあります。
3-2. 頭部外傷・交通事故・スポーツでの強い衝撃
転倒や交通事故などで頭を強く打つと、脳がダメージを受け、記憶・注意・判断力などが低下することがあります。特に前頭葉・側頭葉は影響を受けやすいといわれます。
3-3. 脳腫瘍
腫瘍(良性・悪性を問わず)が脳の特定部位を圧迫することで、その機能が阻害され、認知機能に変化が現れることがあります。腫瘍の位置によってあらわれる症状は異なります。
3-4. 認知症(アルツハイマー病など)
アルツハイマー病、レビー小体型認知症などの神経変性疾患では、神経細胞が徐々にダメージを受け、記憶障害、注意障害、判断力の低下が進行していきます。
3-5. 脳炎・髄膜炎などの感染症
脳そのもの、または脳を包む膜に炎症が起こると、広い範囲の神経機能がダメージを受け、複数の認知機能がまとめて低下することがあります。
4. 高次機能障害はどうやって診断される?
診断は「見た目」ではわかりにくいので、専門的な評価が重要です。よく行われるのは以下のプロセスです。
4-1. 医学的評価
- MRI・CTなどの画像検査
脳のどこに損傷・病変があるか、出血や梗塞、腫瘍があるかを確認します。 - 神経学的評価
反射・筋力・しびれ・視野・バランスなどをチェックし、脳のどの領域が影響を受けているか推定します。
4-2. 神経心理学的検査
専門の心理士・神経心理士が、記憶、注意、ことば、計画性、空間認知などを細かくテストします。
これは「何がどこまで困っているのか」「どんなサポートが必要か」を具体的に可視化する大切なステップです。
4-3. 本人・家族への聞き取り(問診)
- いつから変化が出たのか
- 以前できていたことが今は難しいのか
- 仕事・家事・対人関係で何に困っているのか
- 感情のコントロールや性格の変化はあるか
医療者は、ご本人と同時にご家族・支援者の声も参考にしながら、日常生活での具体的な困りごとを把握します。
5. 高次機能障害はよくなる?回復・リハビリ・サポート方法
高次機能障害のケアは「薬で治す」というよりも、リハビリと生活環境の調整によって、できることを取り戻す/支えることが中心になります。早期に取り組むほど、日常生活への復帰がスムーズになりやすいといわれています。
5-1. 医療的アプローチ
- 神経伝達物質に働きかける薬(注意・意欲・記憶に関わるものなど)が使われる場合があります。
- 不安や抑うつが強い場合には、抗不安薬・抗うつ薬などを併用して心の安定をはかることもあります。
心の状態は認知機能のパフォーマンスに直結するため、精神面のサポートも治療の一部です。
5-2. リハビリテーション(専門職による支援)
- 作業療法(OT)
日常生活動作(料理・掃除・金銭管理・スケジュール管理など)を一緒に練習し、実際の生活に戻していくリハビリです。 - 言語療法(ST)
失語症や理解しづらさに対し、伝えたいことを表現する練習、相手の言葉を整理して受け取る練習、読み書きの再学習などを行います。 - 認知リハビリテーション
記憶・注意・遂行機能などを訓練するプログラム。紙の課題やPC/タブレットのトレーニング、シミュレーション課題などを使います。
重要なのは「机上の練習で終わらず、実生活にどう落とし込むか」まで伴走することです。
5-3. 環境調整・生活支援
- スケジュール表・ToDoリスト・メモ・タイマーを活用して「覚える」負担を減らす
- 手順を細かく分けて、順番どおりに進められるようにする
- 静かな環境で作業する、周りの刺激を減らす などの工夫も有効です
これは、能力を責めるのではなく「脳の負担を外部ツールに分担する」イメージです。
ご本人が「自分でできる」と感じられることは、自己肯定感の回復にも直結します。
5-4. 家族・周囲の理解
家族や同僚など周囲の人が、
「怠けているのではなく、脳の機能障害によって難しくなっている」
ことを理解するだけで、衝突が大きく減ります。
声を荒らげて責めたり、逆に全部を取り上げてしまったりではなく、
“少し手を貸せば自分でできる部分”を一緒に探していくことが大切です。
5-5. リラクゼーション・自律神経ケア(鍼灸など)
高次機能障害そのものを鍼灸で直接改善できる、と断定することはできません。ただし、次のようなサポートとして役立つ場合があります。
- 慢性的なストレスや不安、イライラ、睡眠の質低下
- 首・肩の緊張からくる頭重感や疲労感
- 集中しようとするとすぐに疲れきってしまう
ストレスや睡眠不足は、注意力や判断力をさらに低下させる要因になります。
鍼灸は自律神経(交感神経・副交感神経)のバランスを整えるサポートとして用いられ、心身をリラックスしやすい状態に導くことで、リハビリに集中しやすい環境作りに役立つことがあります。
※急な意識障害・麻痺・激しい頭痛などの症状がある場合は、迷わず医療機関を優先してください。鍼灸はあくまで補完的ケアです。
6. 日常生活でできる工夫とサポート体制
高次機能障害は、ご本人だけで抱える必要はありません。生活のなかで「支える仕組み」を意識して整えることが大切です。
6-1. 生活リズムとルーチンを安定させる
毎日の起床・就寝・食事の時間をそろえるなど、一定のリズムをつくることで、脳は安心して働きやすくなります。予定が読めると疲れにくくなります。
6-2. 視覚ツールを使う
- カレンダー
- 目立つメモ
- 写真つきの手順書
- 色分けしたラベルやファイル
「頭の中で全部覚える」より、「見ればわかる」環境づくりが負担を下げます。
6-3. ストレスを溜めすぎない
過度なストレスや疲労は、注意力・記憶力をさらに落とす原因になります。
深呼吸・軽いストレッチ・短い休憩時間・無理のない趣味など、心を落ち着かせる時間を意識的に確保しましょう。
6-4. 家族や支援者どうしのつながり
家族会・ピアサポートグループ・地域の支援サービス(デイケア、訪問リハビリ、就労支援など)を活用することで、孤立感が軽くなります。
「わたしたちだけで抱え込まなくていい」と感じられることが、とても大きい支えになります。
7. まとめ:高次機能障害と向き合うために大切なこと
高次機能障害は、脳の損傷によって記憶・注意・言語・判断・感情コントロールなどが難しくなる状態です。
脳卒中・頭部外傷・腫瘍・認知症・感染症など、原因はさまざまですが、共通して大事なのは「正しく気づく」「早くサポートにつなげる」ことです。
- できないこと=怠けているではない
- 本人も困っている
- 支援があれば改善・代替・調整できる部分は多い
- 家族・医療・リハビリ・地域サポートはチーム
リハビリテーションや環境調整、家族の理解、そしてストレスケア(ときに鍼灸のようなリラクゼーション的アプローチも含めて)を組み合わせることで、日常生活や社会参加の質を高めていくことは十分に可能です。
「なんとなく以前と違う」「性格が変わったみたい」「急に段取りができなくなった」――そう感じたときは、一度医療機関や専門職に相談してみてください。
早く気づくことが、その後の暮らしを大きく守ります。
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