PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは?原因、症状、治療法を徹底解説

PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは?

PTSD(Post-Traumatic Stress Disorder/心的外傷後ストレス障害)は、命の危険を感じるような強いストレス体験(トラウマ)のあとに続く精神的な障害です。
戦争、災害、事故、暴力・虐待、犯罪被害など「心が追いつかないほどショッキングな出来事」のあとに、強い恐怖や不安、再体験などの症状が長く続き、日常生活に支障をきたします。

  • PTSDは「つらい体験の記憶」が心身に残り続けている状態
  • 肩こり・頭痛・不眠・動悸など、身体症状として現れることも多い
  • 診断・治療の中心は医師・心理職が担い、鍼灸はあくまで補助的な立場

本記事では、臨床で出会いやすいポイントを押さえながら、原因・症状・治療法・連携の仕方を整理していきます。


PTSDを引き起こす主なトラウマ体験

PTSDは「トラウマ体験」が前提になります。代表的なものは次の通りです。

  • 戦争・紛争体験:戦闘参加、空襲や爆撃の被害など
  • 自然災害:地震、津波、洪水、火災など
  • 暴力や虐待:DV、性的虐待、身体的虐待、継続的ないじめ 
  • 重大な事故:交通事故、労働災害、重大な転落・火災事故など
  • 犯罪被害:暴行、強盗、監禁、性暴力など
  • 死や生命の危機:重い病気や大手術の経験、家族や大切な人の突然死 

ただし、同じ出来事を経験しても、全員がPTSDになるわけではありません。個人の脆弱性や過去のトラウマ歴、サポートの有無などでリスクが変わることがわかっています。


PTSDの発症に関わる主な要因

① トラウマの強度と期間

  • 命の危険を強く感じる出来事ほど発症リスクが高い
  • 単発の事故よりも、長期にわたる虐待・戦争体験など「繰り返されるトラウマ」は影響が大きくなりやすい

② 個人の脆弱性・既往歴

  • もともと不安傾向やうつ傾向が強い
  • 過去にもトラウマ体験がある
  • 幼少期に虐待やネグレクトがあった
    こうした要因があるとPTSDを発症しやすいと考えられています。

③ 遺伝的・生物学的要因

ストレス反応に関わる神経伝達物質やホルモンのバランスなど、生物学的な違いがPTSDリスクに影響する可能性も研究されています。

④ トラウマ後のサポート体制

  • 周囲に話を聞いてくれる人がいるか
  • 医療・支援機関へのアクセスがあるか
  • 経済的・社会的な支援があるか

こうした要因は「回復のしやすさ」に大きく影響します。


PTSDの4つの代表的な症状(DSM-5に基づく整理)

DSM-5(精神疾患の診断マニュアル)では、PTSDの症状は大きく4つのグループに分けられます。

1. 再体験症状(侵入症状)

  • フラッシュバック(出来事が「今まさに起きている」ように感じる)
  • 悪夢として繰り返し見る
  • 不意に記憶がよみがえり、強い不安や動悸が出る

鍼灸の問診中や施術中に突然涙が出たり、体が硬直したりする背景に、この再体験が隠れている場合もあります。

2. 回避症状

  • 出来事を思い出すような場所や人、話題を避ける
  • 関連するニュースや映像を一切見ないようにする
  • 自分の気持ちや記憶について話すことを避ける

一見「何も話したがらない患者さん」に見えても、実は強い回避の結果であることがあります。

3. 否定的な認知や気分の変化

  • 「自分には価値がない」「世界は危険だ」など極端なネガティブ思考
  • 強い罪悪感(自分のせいだと思う)
  • 物事への興味や喜びが感じられない
  • 周囲とのつながりが希薄に感じる、孤立感

4. 過覚醒症状(覚醒亢進)

  • いつも緊張していてリラックスできない
  • 物音に過敏に驚く
  • イライラしやすく怒りっぽい
  • 集中力の低下・寝つきの悪さ・睡眠の質の低下

これらの症状が1か月以上続き、仕事や学校、対人関係などに支障が出ている場合、PTSDが疑われます。診断は医師など専門家が行います。


PTSDの診断はどう行われるか

PTSDの診断には、以下のような要素が確認されます。

  • 命の危険を感じるようなトラウマ体験の有無
  • 上記4つの症状群が一定数以上みられるか
  • 症状が1か月以上持続しているか
  • 日常生活や社会・職業生活に支障が出ているか

質問票(例:PCL-5など)を用いながら、精神科医や心療内科医、臨床心理士・公認心理師らが総合的に判断します。

※鍼灸師が診断を行うことはできません。気になる症状がある場合は、必ず医療機関への受診をすすめましょう。


PTSDの主な治療法:心理療法と薬物療法

PTSD治療の中心は、エビデンスのある心理療法(とくにトラウマに焦点を当てたCBTなど)と薬物療法です。

1. 心理療法(トラウマに焦点を当てたアプローチ)

◆ 認知行動療法(CBT)・認知処理療法(CPT)など

  • トラウマ体験に関連した「歪んだ認知(考え方)」を整理し、現実的でバランスのよい考え方に修正していく治療
  • 「自分のせいだ」「あのときこうしていれば」という過度な自己責任感を見直していく

多くのガイドラインで、PTSDに対する第一選択の心理療法として推奨されています。

◆ 曝露療法(エクスポージャー療法)

  • 安全な環境の中で、トラウマの記憶やそれを連想させる状況に、段階的に向き合う訓練
  • 何度も向き合うことで、「怖いけれど必ずしも今の自分は危険ではない」と脳が学習し、恐怖反応が弱まっていく

◆ EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)

  • トラウマの記憶を思い出しながら、眼球運動などの両側性刺激を行う治療
  • PTSD症状の軽減に有効とする研究が多数報告されています

※これらはすべて、専門訓練を受けた医療者・心理職のみが行うべき治療です。

2. 薬物療法(主にSSRI)

薬物療法では、抗うつ薬の一種であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が国内外のガイドラインで第一選択薬として推奨されています。

  • パロキセチン(paroxetine)
  • セルトラリン(sertraline)

などが代表で、うつ症状や不安、過覚醒などを軽減する目的で使われます。

※薬の選択・用量調整は必ず医師が行います。鍼灸師が薬について具体的な指示や中止・変更をすすめることは避けましょう。


PTSDと共に生きる人への生活支援

PTSDは、適切な治療により回復が期待できる一方で、症状が長期化するケースもあります。そのため、生活全体を整える支援が重要になります。

ストレス管理・セルフケアの例

  • 深呼吸・リラクゼーション・ストレッチなどで体の緊張をゆるめる
  • 規則正しい睡眠リズムを意識する
  • 信頼できる人とのつながりを保つ
  • 無理のない範囲での運動

※これらはあくまで「補助的なケア」であり、PTSDの専門治療の代わりにはなりません。


若手鍼灸師がPTSDの患者さんと関わるときのポイント

ここからは、本テーマの核心である「鍼灸師としてどう関わるか」です。

1. 鍼灸がサポートしうる可能性がある領域

現時点で、PTSDそのものに対する鍼灸の効果には、心理療法や薬物療法ほど確立されたエビデンスはありません。
一方で、臨床現場レベルでは、以下のような身体症状の緩和目的で鍼灸が利用されることがあります。

  • 首肩こり・筋緊張
  • 頭痛・背部痛・慢性疼痛
  • 不眠・入眠困難
  • 自律神経の乱れに伴う動悸・胃腸の不調 など

心身が少しラクになることで、**心理療法に取り組む力を支えたり、日常生活のしんどさを和らげる「補助的な役割」**が期待されます(ただし個人差が大きく、効果を断定することはできません)。

2. 鍼灸師が「してはいけない」こと

  • PTSDの診断名を断定したり、否定したりすること
  • 「鍼灸でPTSDは治ります」「薬はいりません」など、医学的根拠を超えた発言
  • トラウマ体験の詳細を必要以上に聞き出す・掘り下げる

トラウマの扱いは高度な専門性が必要で、無理に聞き出すと症状を悪化させるリスクもあります。

3. 医療機関・専門家に紹介すべきサイン

以下のような場合は、できるだけ早く精神科・心療内科やカウンセリング機関の受診を勧めましょう。

  • 悪夢やフラッシュバックが頻繁で、日常生活に明らかな支障が出ている
  • 自傷・自殺念慮を示唆する発言がある
  • 著しい不眠・食欲低下・体重減少などが続く
  • 仕事・学校に行けない状態が長期化している

「気になることがあれば、専門の先生にも一度相談してみませんか」と、責めず・押しつけず・提案ベースで伝えることが大切です。


まとめ

  • PTSDは、強いトラウマ体験のあとに起こる精神障害で、再体験・回避・否定的認知・過覚醒の4つの症状群が特徴。
  • 治療の中心は、トラウマに焦点を当てた心理療法(CBT、曝露療法、EMDRなど)とSSRIを中心とした薬物療法
  • 鍼灸は、PTSDそのものを治療するのではなく、筋緊張・不眠・自律神経の乱れなどの身体症状を緩和し、全体のQOLを支える補助的役割として位置づけると安全。
  • トラウマ体験を無理に聞き出さず、必要に応じて医療機関・専門家につなぐ「橋渡し役」になることが、若手鍼灸師に求められる大切な視点。

最後に、このテーマは非常にセンシティブで、患者さんの人生に深く関わる部分です。
「自分一人でなんとかしようとしない」「専門職同士で連携する」というスタンスを持つことが、患者さんを守ることにも、鍼灸師自身を守ることにもつながります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個々の患者さんの診断・治療は必ず医師・専門家の判断に従ってください。

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