はじめに
「活動電位(Action Potential)」とは、神経細胞や筋細胞といった「興奮性細胞」が外部からの刺激を受けたときに、細胞膜の電位が急激に変化する現象を指します。
鍼灸師として、生体内での「信号がどう伝わるか」を理解しておくことは、ツボ刺激や神経・筋へのアプローチを考えるうえで大変有益です。本記事では、活動電位の基本から、神経・筋肉における役割、そして関連する疾患までを整理します。
1. 活動電位の概要
- 興奮性細胞(神経細胞・筋細胞・一部の内分泌細胞など)では、細胞膜内外に電位差(静止膜電位)が存在しています。
- 静止膜電位は通常、細胞内が細胞外に対して約-60~-70 mV程度で安定しています。
- 外部刺激により細胞膜の透過性が変化し、ナトリウム(Na⁺)やカリウム(K⁺)などのイオンが移動することで膜電位が急激に変化します。これが活動電位です。
2. 活動電位の発生メカニズム
以下のフェーズを順にたどります。
2-1. 静止膜電位
- 細胞膜の内外において、Na⁺/K⁺ポンプ(Na⁺を細胞外へ、K⁺を細胞内へ)やそれぞれのイオンチャネルの働きによって膜電位が維持されています。
- 静止状態では、ナトリウムは膜をほとんど通さず、カリウムが一部通過可能な状態です。
2-2. 脱分極(Depolarization)
- 十分な刺激を受けると、膜が閾値電位に達し、電位依存性ナトリウムチャネルが開きます。
- Na⁺が細胞内に急速に流入し、膜電位が急上昇し、約+30~+40 mV程度に達することもあります。
2-3. 再分極(Repolarization)
- 脱分極後、ナトリウムチャネルは不活化し、続いて電位依存性カリウムチャネルが開き、K⁺が細胞外へ流出。膜電位は再び負の方向へ戻ります。
2-4. 過分極(Hyperpolarization)
- K⁺の流出が一時的に過剰となることで、膜電位が静止膜電位よりもさらに負の値(例:-80 mV付近)になる場合があります。
- その後、Na⁺/K⁺ポンプなどの活動によって静止膜電位へと戻ります。
3. 神経・筋肉における伝導メカニズム
3-1. 神経細胞(ニューロン)における伝導
- 神経細胞では、一次的に発生した活動電位が軸索を通って他の神経細胞や筋細胞へと伝わります。
- 伝導には「連続伝導(非有髄)」「跳躍伝導(有髄神経)」の2種類があります。有髄神経では、ランヴィエ絞輪(Nodes of Ranvier)を跳ねるように電位が伝わるため、伝導速度が飛躍的に速くなります。
3-2. 筋細胞における伝導
- 筋細胞では、神経筋接合部から活動電位が伝わると、膜の脱分極・再分極の過程を通じてカルシウムイオン(Ca²⁺)の流入が誘発され、筋収縮を引き起こします。
- 筋細胞の活動電位も、ナトリウム・カリウムチャネルの作用を基本にしています。
4. イオンチャネルの働き
活動電位形成・伝導には各種イオンチャネルが必須です。
- 電位依存性ナトリウムチャネル(Voltage-gated Na⁺ channel):閾値超過で開き、Na⁺流入による脱分極を引き起こします。
- 電位依存性カリウムチャネル(Voltage-gated K⁺ channel):脱分極後に開いてK⁺を流出させ、再分極を促します。
- カルシウムチャネル(Voltage-gated Ca²⁺ channel):特に筋細胞や神経終末において、Ca²⁺流入を介して筋収縮や神経伝達物質の放出を助けます。
これらチャネルの機能調節や発現異常は、興奮性細胞のシグナル伝達に重大な影響を与えます。
5. 活動電位が生体で果たす役割
5-1. 神経系の情報伝達
活動電位は、感覚受容器からの刺激(光・音・圧・温度など)を中枢神経系へ伝える“電気信号”として機能します。また、脳からの指令も活動電位を通じて筋肉や内臓へ伝達されます。
5-2. 筋肉の収縮・運動の制御
神経筋接合部を介して筋細胞に活動電位が到達すると、Ca²⁺の流入が生じ、筋収縮が引き起こされます。これにより私たちは意図的な運動を行うことができます。
5-3. 感覚系・内分泌系への波及
感覚器で発生した活動電位が中枢へ至ることで“感じる”という経験が可能になります。また、内分泌細胞においても活動電位がホルモン分泌のトリガーになることがあります。
6. 活動電位異常と関連疾患
興奮性細胞で活動電位の発生・伝導に異常が起こると、以下のような疾患が生じ得ます。
- てんかん:脳の神経細胞で過剰・同期化された活動電位が発生し、発作を引き起こします。
- 心筋不整脈:心筋細胞の活動電位制御が乱れることで、心拍が不整になりうる。
- 筋無力症(ミオパチー):筋細胞への信号伝達や活動電位の発生に障害があると、筋力低下・収縮困難が出現します。
これらを理解することで、鍼灸や物理的刺激がどのようにこれらの信号系に影響を与え得るか、応用を考える一助となります。
7. 鍼灸施術との関連性・実践的視点
鍼灸師として施術を行う際、以下のような観点で活動電位の理解が役立ちます。
- 刺激(鍼・灸)による神経・筋への影響を「活動電位を促す/抑制する」という視点で捉えると、施術効果を合理的に説明できます。
- 筋肉の緊張・こわばりに対して、筋細胞レベルでの“興奮-収縮連関”を理解しておくと、施術後の反応や誘導法が明確になります。
- 神経痛・筋痛においては、神経の異常興奮(過剰な活動電位発生)または伝導障害(活動電位の伝わりにくさ)が背景にある可能性を意識できます。
- 安定した施術結果を目指すためには、興奮性細胞の“休息”・“刺激閾値”・“伝導環境”など生理学的条件を踏まえてアプローチを設計すると効果的です。
まとめ
「活動電位」とは、神経や筋肉における電気信号の根幹をなす現象であり、私たちの感覚・運動・生命維持活動を支えています。膜電位の変化、イオンチャネルの動作、そして伝導という一連のプロセスを理解することで、生理学・神経科学・臨床(鍼灸)において質の高い知識基盤を構築できます。
施術を行ううえでも、活動電位の観点から「どのような刺激が神経・筋にどう影響を及ぼすのか」を考察することで、理論的裏付けあるアプローチとなるでしょう。
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