お灸の基本と効果|伝統療法の現代的意義とセルフケアでの活用方法

お灸は、古くから伝わる伝統的な治療法の一つで、現代でも多くの人々に利用されています。この記事では、お灸の基本概念、その効果、具体的な使い方について解説します。

1. お灸とは?

お灸(きゅう、やいと)とは、艾(もぐさ=ヨモギを陰干しし、葉裏に生える毛茸・腺毛を精製取得したもの)を皮膚上で部位を選択して燃焼させることによって病態に治療的介入を行う伝統的な代替医療、民間療法です。中国医学、モンゴル医学、チベット医学などで行われます。もぐさを皮膚に乗せて火を点ける方法が標準とされていますが、種々の灸法が存在します。現在では燃焼させる代わりにレーザー光線を利用する例もありますが、一般的とは言えません。

生理的には、経穴(ツボ)と呼ばれる特定の部位に対し温熱刺激を与えることによって生理状態を変化させ、疾病を治癒すると考えられています。同じツボを使用する鍼が急性の疼痛病変に施術されてきたのに対し、お灸は慢性的な疾患に対して選択されてきました。

セルフケアとして自己施灸も行われ、かつては艾を撚り皮膚上に直接据えるのが主流でしたが、現在は既に成形された各種の灸製品(例として「せんねん灸」や棒灸など)を用いることが多くなっています。これら既製品は、艾の部位と皮膚との間に間隙を作成して輻射熱による刺激を行うため、火傷の痕が付きにくいです。現在では美容上の観点から多用されますが、効力としては、古来の直接灸に及ばないとされます。

日本では医師以外の者が灸を業として行う場合は灸師免許が必要です。治療としては、毎日または数日おきに反復して皮膚に微細な火傷を更新していく形となります。きゅう師が施灸ポイントを指示(点灸という)し、患者自身が自分で施灸を行う形が歴史的にも一般的な方法です。

お灸の歴史と文化

中国の古代文献によると、お灸は今から2,000年以上前に北方民族の独特の医療として芽生え、やがてインドに渡り仏教医学として発展してきたとされています。特に、中国北方民族の人々は、素朴な生活体験の中から、人間の生涯を熱と冷の移行として捉えました。生まれたときは熱の塊である赤ん坊が、徐々に冷たくなり硬く動かなくなると考えられ、その熱の減少を抑止するために考え出されたのが「お灸」です。

古典などの記録で、タクラマカン砂漠やインドのダイインド砂漠などの不毛の地でも、オアシスのほとりにはお灸の原料となるヨモギが生えていることが記されています。生命力の高いヨモギを用いて病気の治療を行うことが、お灸の始まりとされています。人々はヨモギを乾燥させてもぐさを作り、灸をすえることを考えつきました。厳しい寒さの中では衣服をつけたまま手足の先に灸をし、その結果内臓の病気が治ることを発見したのです。このような経験の積み重ねから、お灸という東洋医学独特の治療システムが生まれました。

お灸療法は、湯液(漢方薬)や鍼療法とともに日本や中国の伝統医学において中心的な治療法としての位置を占めてきました。お灸の原料であるヨモギは、古くから毒気を祓う力を持つ植物として知られ、古代中国の文献『四民月令』や『荊楚歳時記』には、毎年5月5日にヨモギを採集する習俗が記載されています。また、『詩経』や『楚辞』にも、ヨモギを身にまとう習俗が歌い込まれています。

1973年に中国の長沙馬王堆漢墓から発掘された医学書には、灸を治療手段として扱う文献が見られます。『五十二病方』では、外科的処置が施された患部の薫蒸を目的として灸が用いられ、『霊枢』経脈篇の原型と考えられる『陰陽十一脈灸経』や『足腎十一脈灸経』は、各経脈の変動に由来する症候群と治療経脈の関係を指摘しています。

経穴(ツボ)と疾病を対応させて灸治の方法を体系的に記述したのは『黄帝明堂経』が最初であり、同書の記述は『鍼灸甲乙経』をはじめ多くの医学書に採録され、鍼灸治療の基本文献とされました。孫思邈と王燾はともに唐代を代表する医家ですが、孫思邈が鍼灸両方を同等に扱ったのに対し、王燾は『外台秘要方』編纂に際して灸治のみを採録し、思邈と対照的な姿勢を取ったことがしばしば指摘されます。しかし、孫思邈の医書『千金要方』や『千金翼方』にも灸治の優越性が指摘され、予防医学や養生手段としての灸治の意義を明確にしており、灸療法の可能性を広げる上で重要な役割を果たしました。

日本においても、奈良時代に仏教とともに中国から伝えられ、灸治療は明治に西洋医学が主流になるまで長く日本の医療を支えてきました。古代から中世までの日本では、鍼は主に患部の切開や瀉血を目的とした外科器具として用いられ、臨床は主に灸治が中心でした。また、吉日の選定や禁忌には陰陽師が関わり、灸治の儀式的側面も重視されていました。

江戸時代には、「弘法大師が持ち帰った灸法」として灸が新たな流行となり、各地に「弘法の灸」と呼ばれて伝わるようになりました。他にも「家伝の灸」として無量寺の灸、四ツ木の灸などがありました。これらの灸法は打膿灸と呼ばれ、特に熱刺激が強く、皮膚の損傷も激しいため、あまり一般化していません。打膿灸は日本において腰痛や神経痛など様々な症状に用いられましたが、実際には腫れ物(癰)などに用いたのではないかとも考えられます。

お灸は庶民の間でも民間療法として広く使われ、「奥の細道」や「徒然草」にも記載があります。灸をすることは、旅路での足の疲れを癒したり、のぼせ(高血圧)を引き下げるなどの効果があると信じられていました。

2. お灸の効果

お灸には様々な効果があります。以下はその主な例です:

  • 血行促進:お灸の熱刺激によって血液の循環が良くなり、体内の老廃物の排出が促進されます。
  • 痛みの軽減:特定の経穴(ツボ)にお灸を施すことで、筋肉の緊張が緩和され、慢性的な痛みが軽減されます。
  • 免疫力の向上:お灸は体を温める効果があり、これにより免疫力が向上し、風邪や感染症の予防に役立ちます。
  • ストレス緩和:リラックス効果があり、精神的なストレスや不安を軽減するのに効果的です。
  • 消化機能の改善:お腹周りの経穴(ツボ)にお灸をすることで、消化機能が改善され、胃腸の調子を整えます。

3. お灸の種類

お灸にはいくつかの種類があります。以下はその代表的なものです:

1. 有痕灸

有痕灸は、皮膚の上に直接モグサを置いて燃やす方法で、皮膚に灸痕が残ります。

  • 透熱灸:皮膚の上に直接モグサをひねったものである艾炷(がいしゅ)を立てて線香で火をつけて焼ききります。艾炷の大きさは米粒大(べいりゅうだい)や半米粒大(はんべいりゅうだい)が基本です。
  • 焼灼灸:魚の目や胼胝(タコ)など角質化した部位に据えます。硬くひねった艾炷によって角質化した部位を焼き落とします。
  • 打膿灸:大豆大から指頭大の灸を焼ききり、その部位に膏薬を塗って故意に化膿させます。日本では、化膿することにより白血球数を増加させて免疫力を高める灸法といわれています。

2. 無痕灸

無痕灸は、皮膚の上に直接モグサを置くことなく、熱刺激を与える方法で、灸痕が残りません。

  • 知熱灸:米粒大や半米粒大の艾炷を用いて、熱を感じると取る方法です。
  • 隔物灸:艾の下にしょうがやにんにく、ビワの葉、塩などを置いて行う灸です。
  • 台座灸(温筒灸、円筒灸):既製の台座または筒状の空間を作り台座とする灸です。せんねん灸やカマヤ灸、長生灸などの商品名で市販されているものがこれに含まれます。
  • 棒灸:棒状の灸をそのまま近づけるか専用の器具を使って近づける方法です。中国で主流の灸法です。
  • 灸頭鍼:皮膚に鍼を刺し、その鍼柄にモグサを置いて燃やす方法です。鍼の刺激と灸の輻射熱を同時に与えます。

3. その他の灸法

  • 薬物灸:艾は使用せず、体の上に薬品を塗って皮膚に熱を伝える灸です。紅灸、漆灸、水灸、油灸、硫黄灸などがあります。
  • 箱灸:木箱や枡灸を枠にして、その中で艾を燃やし、皮膚を燻蒸したり輻射熱で温める灸です。中国では艾盒灸とも呼ばれます。
  • 綿灸(綿花灸):湿らせた綿花の上に艾を乗せて火をつける方法です。
  • ガーゼ灸:湿らせたガーゼの上に艾炷を乗せて火をつける方法です。

4. 名家灸など

  • 深谷灸法:昭和の名灸師とされる深谷伊三郎によって開発された灸法です。灸の8分目あたりが燃えたくらいで竹筒で施灸部を覆うという特殊な透熱灸を行います。
  • 四畔の灸:瘡瘍(おでき)の灸法として使われます。瘡の四畔(まわり)に鍼を刺し(水平刺で瘡の中心に向けて刺す)または糸状灸を間隔をおいて周らせる方法です。
  • 点状の灸:点状に糸状の細かい艾炷を経穴に拘らず患部に並べて施灸する方法です。筋違いや、胸鎖乳突筋の緊張などに応用されます。

4. お灸の正しい使い方

お灸を安全かつ効果的に使用するためには、以下の手順と注意点を守ることが重要です。

1. 使用する経穴(ツボ)を選ぶ

まず、自分の体調や症状に合った経穴(ツボ)を選びます。一般的な経穴(ツボ)として、足三里(あしさんり)や合谷(ごうこく)、三陰交(さんいんこう)などがあります。これらの経穴(ツボ)は、消化器系や免疫力向上、ストレス緩和に効果があります。

2. 準備を整える

お灸を行う場所は、火の取り扱いが安全で、風通しの良い場所を選びます。また、必要な道具(モグサ、ライター、灰皿、ピンセットなど)を用意します。

3. モグサを準備する

モグサを米粒大に丸め、経穴(ツボ)の上に置きます。間接灸の場合は、皮膚とモグサの間にガーゼやショウガのスライスを挟みます。

4. 火をつける

モグサに火をつけて燃やします。燃え始めたら、じっとして熱を感じるまで待ちます。直接灸の場合は、熱くなりすぎないように注意し、間接灸の場合は、心地よい温かさを感じるまで続けます。

5. お灸を取り除く

モグサが燃え尽きたら、ピンセットで取り除き、火傷や赤みが残っていないか確認します。必要に応じて、冷やしたり、軟膏や保湿クリームを塗ったりします。

5. お灸の注意点

お灸を行う際には、いくつかの注意点があります:

  • 火の取り扱いに注意:お灸は火を使うため、火傷や火事のリスクがあります。使用中は決して目を離さず、使用後は完全に消火したことを確認してください。
  • 皮膚の状態をチェック:お灸を行う前に、皮膚に異常がないか確認します。傷や湿疹がある場所にはお灸をしないようにしましょう。
  • 過度の使用を避ける:お灸のやりすぎは、皮膚にダメージを与えることがあります。適度な頻度で使用し、肌の状態を見ながら調整しましょう。
  • 専門家に相談する:初めてお灸を試す場合や、特定の健康問題がある場合は、必ず専門家に相談してから始めるようにしましょう。

6. お灸の現代的な意義

西洋医学が主流の現代医療では、症状を引き起こしている原因を手術や薬で取り除くことが多いですが、近年では慢性疾患や高齢化社会の進展に伴い、予防医学の重要性が見直されています。お灸は、未病の段階で体をケアし、健康を維持するための方法として注目されています。2000年以上前から行われてきたお灸をはじめとする東洋医学は、現代でもその価値が再認識され、世界中で注目されています。

お灸のまとめ

お灸は、古くから伝わる自然療法であり、現代でも多くの人々に愛用されています。適切に使用することで、血行促進、痛みの軽減、免疫力の向上、ストレス緩和、消化機能の改善など、さまざまな健康効果が期待できます。お灸を試してみたい方は、正しい使い方と注意点を守りながら、自分の体調や症状に合った方法で取り入れてみてください。活習慣や食事の工夫、適度な運動、メンタルケア、社会的なつながりを大切にすることで、養生の効果を高めることができます。日常生活に養生を取り入れ、より充実した毎日を送りましょう。待できます。ぜひ、リフレーミングを実践して、より充実した日々の業務を目指してください。

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