貝原益軒と『養生訓』江戸時代の健康哲学が現代に伝えるもの

健康志向が高まる現代において、長寿や生活習慣病の予防についての関心はますます高まっています。私たちの生活の中で、いかにして健康を維持し、質の高い日々を送るかが大きな課題となっています。そんな現代社会において、300年以上前に書かれた一冊の書物が再び注目されています。それが江戸時代の儒学者・貝原益軒(かいばら えきけん)によって書かれた『養生訓(ようじょうくん)』です。

本記事では、貝原益軒の生涯と彼が『養生訓』で説いた健康哲学を振り返りながら、その教えがどのように現代に通じるのかを探っていきます。

1. 貝原益軒の生涯と背景

貝原益軒(1630-1714)は、江戸時代前期に生まれた儒学者で、医師としても高い評価を受けていました。彼は福岡藩の下級武士の家に生まれ、幼少期から勉学に励み、儒学を中心とした幅広い学問に精通しました。彼の人生の特徴として、実践的な学問を重視し、知識を社会や日常生活に役立てることを強く意識していた点が挙げられます。

益軒は、儒教の教えに根差した生活哲学を追求しつつ、人々の生活改善や健康増進に関心を持ちました。特に人々が心身の健康を保つためには、どのような習慣を持つべきかについて深く考察しました。彼が最も有名になった理由の一つが、82歳という高齢で執筆した『養生訓』です。この書物は、彼の豊富な知識と経験に基づいており、健康長寿を目指すための日常生活の指南書として広く読まれています。

2. 『養生訓』の概要と構成

『養生訓』は全8巻から成り立っており、その内容は非常に多岐にわたります。主に身体の健康を保つための日常的な習慣や心の持ち方、食生活、運動、睡眠、ストレスの管理などに関する具体的なアドバイスが記されています。

特に特徴的なのは、益軒が「病気になってから治療を行うのではなく、日頃から健康を維持し、病気を予防することの重要性」を強調している点です。これにより、当時の医療が発達していない時代においても、健康管理の知恵として多くの人々に役立ったのです。『養生訓』は現代で言うところの「予防医学」の先駆けとも言える存在です。

では、『養生訓』の主な教えをいくつか詳しく見ていきましょう。

3. 『養生訓』に見る健康哲学

3-1. 節度ある食事の重要性

貝原益軒は、過食や偏食を避けることの重要性を強調しています。彼は「腹八分目が理想である」とし、食べ過ぎが健康を害する原因であると考えていました。現代の栄養学でも過食が肥満や生活習慣病の原因となることが知られていますが、彼はその危険性を既に理解していたのです。

食べる量だけでなく、食事の内容についてもバランスを重視し、できるだけ栄養価の高い食物を摂取するよう説いています。また、食べる時間や消化に配慮し、規則正しい食生活が健康維持の鍵であるとしています。これらの考え方は、現代の「食育」や「健康食」に通じるものがあります。

3-2. 適度な運動の推奨

益軒は「適度な運動」が健康の維持に不可欠であると説いていますが、これは年齢や体調に応じたものであるべきとしています。無理をしすぎないことが重要であり、過度な運動や急激な運動はかえって体に害を与えるとしています。

現代においても、健康を保つためには適度な運動が不可欠であることが広く認識されています。特に中高年層では、益軒の言う「無理をしない」運動習慣の重要性が注目されており、ウォーキングや軽いストレッチなどの運動が推奨されています。

3-3. 心の安定とストレス管理

『養生訓』では、心の健康も身体と同様に重要視されています。益軒は「心が健康でなければ、身体も健康ではありえない」と考え、ストレスや怒り、過度の不安など、精神的な負担を避けることが健康を保つ上で重要であると説きました。心を平穏に保ち、無駄な心配事を減らすことで、より健やかな日々を送ることができるとしています。

この点も、現代のストレスマネジメントやメンタルヘルスの考え方と一致しています。心の健康が身体に与える影響は大きく、特に現代社会ではストレスやメンタルヘルスの問題が健康全体に影響を及ぼすことが知られています。益軒の「心身一如」の思想は、時代を超えてもなお普遍的な価値を持っています。

3-4. 規則正しい生活と睡眠の重要性

規則正しい生活リズムを守ることは、貝原益軒が強く推奨したもう一つの健康法です。朝は早く起き、夜は早く休むという生活習慣が健康を保つ上で非常に重要であるとし、不規則な生活や夜更かしが健康に悪影響を与えることを指摘しています。

また、適切な睡眠時間を確保することの重要性も説いており、現代の「睡眠不足」が健康に悪影響を及ぼすことが科学的に証明されていることを考えると、益軒の洞察力の深さがうかがえます。十分な睡眠を取ることで、身体と心の疲れをしっかりと回復させることができ、健康な体を維持できると彼は考えていました。

3-5. 薬に頼らない自然な健康法

『養生訓』では、病気になってから薬を使うのではなく、病気を未然に防ぐことが最も重要であると強調されています。益軒は、薬に頼りすぎることはかえって体を弱める可能性があると考え、まずは日常生活の中で健康を維持することが第一であると説いています。

自然な食材や生活習慣で体を養い、病気の予防に努めるという考え方は、現代の「予防医学」に通じるものがあります。実際、病気の予防や生活習慣の改善は、現代医療の中心的なテーマとなっており、益軒が300年前に提唱した考え方が現在でも重要視されていることは驚きです。

4. 養生訓と現代の健康意識

貝原益軒が『養生訓』で説いた健康哲学は、現代社会においても非常に有効です。過食や偏食、運動不足、ストレス過多といった現代の生活習慣病の要因を考えると、益軒の教えは実に的を射たものです。

例えば、現代の多くの人々が実践している「マインドフルネス」や「健康志向の食生活」「フィットネス」は、益軒の教えと共通する部分が多くあります。益軒の言葉を借りれば、健康とは「日々の節度ある生活の積み重ね」によって保たれるものであり、私たちがどのようにして日常生活を管理するかが、将来の健康を決める鍵となるのです。

5. 鍼灸師にとっての『養生訓』の重要性

鍼灸師は、東洋医学に基づき、自然治癒力を引き出すための治療を行う専門家です。鍼灸の目的は、身体の気や血の流れを整え、体全体のバランスを取り戻すことにあります。この治療法と『養生訓』の健康哲学には、多くの共通点があります。

まず、『養生訓』が強調する「未病を防ぐ」という考え方は、鍼灸師の治療理念と深く結びついています。鍼灸では、病気になる前の段階で体の不調を整えることが重要視されますが、これは益軒が唱えた「日々の節度ある生活による予防」が基本です。食事や睡眠、心の安定といった日常の習慣を大切にしながら、体内のエネルギーの流れを正すことが健康維持につながるという思想は、鍼灸のアプローチそのものと言えます。

また、益軒の教えは、鍼灸師が患者に対して伝える生活指導の基盤ともなります。鍼灸の治療だけではなく、患者が日常生活でどのように自分の健康を保つべきか、例えば「腹八分目」や「適度な運動」といった益軒のアドバイスは、鍼灸の治療効果を高めるためのサポートとしても有効です。

鍼灸師にとって『養生訓』は、治療技術だけでなく、患者に対するホリスティックな健康観を伝えるための有力な指針と言えるでしょう。日常のケアと治療のバランスを大切にするこの教えを通じて、より深い患者理解と効果的なサポートを提供できるはずです。

6. まとめ: 『養生訓』が現代に伝える健康長寿の知恵

貝原益軒と『養生訓』は、江戸時代から現代に至るまで、健康に関する深い洞察を提供し続けています。彼が説いた健康長寿の哲学は、日常生活の中で簡単に実践できるシンプルなものでありながら、非常に効果的なものです。食事の節度、適度な運動、心の安定、規則正しい生活、そして自然な健康法—これらの教えは、現代の私たちにも多くの示唆を与えています。

現代の忙しい社会の中で、益軒が説いた「養生」の知恵を取り入れることで、私たちはより健康で充実した日々を送ることができるでしょう。『養生訓』は、ただの古典ではなく、今もなお私たちの生活に役立つ重要な指南書であることを忘れてはなりません。

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