東洋医学における『津液』の役割とバランス調整 ― 体内の潤いと健康の秘訣

はじめに ― 鍼灸臨床で理解すべき「津液」の重要性

東洋医学では、「気・血・津液」が生命活動の三要素とされます。
このうち「津液(しんえき)」は、身体のあらゆる部位を潤し、生命活動を円滑に保つ“水のエネルギー”です。

『黄帝内経・素問』には「津液は血とともに人を養う」と記され、津液の存在がなければ、気血は流れず、身体は乾き、生命は維持できません。

鍼灸師にとって津液の理解は、浮腫・乾燥・痰湿・熱症・陰虚などの弁証に直結する基礎概念です。


津液とは何か ― 東洋医学的定義と生理機能

津液の基本概念

津液とは、体内のあらゆる正常な水液の総称であり、血液以外の水分(唾液・涙・関節液・汗・尿など)を含みます。
その働きは単に「水分保持」にとどまらず、潤滑・栄養・体温調節・代謝補助など、多面的な機能を担います。

津液は大きく以下の2種類に分けられます:

分類特徴主な分布機能
津(しん)軽く薄い水液。流動性が高い皮膚・筋肉・体表体表を潤し、汗・涙・唾液などを構成
液(えき)重く濃い水液。粘性がある関節・臓腑・骨髄・脳・眼など深部を潤し、関節や臓器を保護

津と液は相互に転化し、全身を潤すバランスを保っています。


津液の生成と循環

津液は主に飲食物から得られた「水穀の精微」に由来し、

  • 脾胃が運化して吸収し、
  • 肺が宣発・粛降して全身へ散布し、
  • 腎が気化して水分代謝をコントロールします。

この一連の過程を「津液代謝」と呼び、脾・肺・腎の3臓が中心的役割を担います。

臓腑主な役割
飲食物から津液を生み出す「源」
津液を全身に散布する「通路」
津液を再吸収・蒸化し、全身の水分バランスを調節する「根」

津液の失調と臨床症状

津液の乱れは大きく分けて「不足」と「停滞」の2タイプ。
鍼灸臨床では、舌質・脈象・皮膚の状態などから判断します。


① 津液不足(陰虚・燥証)

定義: 津液が不足し、身体の潤いが失われた状態。
主因: 熱邪による消耗、過労・寝不足、慢性疾患による陰の消耗など。

主な症状:

  • 口渇・咽の乾き・皮膚の乾燥
  • 便秘・少尿
  • 乾咳・目の乾き・舌の乾燥
  • 舌:紅・少苔/脈:細数

治法・代表経穴:

  • 滋陰養液・補腎潤燥
  • 経穴:太渓(KI3)・陰谷(KI10)・復溜(KI7)・三陰交(SP6)
  • 灸は避け、穏やかな鍼刺激・陰液補助を行う

② 津液停滞(痰湿・水腫・水滞)

定義: 津液の代謝が滞り、過剰な水分が停滞している状態。
主因: 脾虚・腎虚・寒湿の侵入など。

主な症状:

  • むくみ・体重増加・重だるさ
  • 下肢の浮腫・関節のこわばり
  • 胃もたれ・めまい・胸苦しさ
  • 舌:腫大・歯痕・白苔/脈:滑

治法・代表経穴:

  • 利水滲湿・健脾化痰
  • 経穴:陰陵泉(SP9)・豊隆(ST40)・水分(CV9)・太白(SP3)
  • 灸やカッピングで脾陽を助けると効果的

鍼灸による津液バランスの調整

鍼灸は、経絡を介して「津液の生成・分布・排泄」を調節することができます。

1. 津液不足へのアプローチ

  • 目的:陰液の補充・熱の鎮静
  • 主な手法:補法・浅刺・穏やかな刺激
  • 代表経穴:太渓(KI3)・照海(KI6)・三陰交(SP6)・陰谷(KI10)

2. 津液停滞(痰湿)へのアプローチ

  • 目的:気機を通じて水分代謝を促進
  • 主な手法:瀉法・温経・吸玉
  • 代表経穴:陰陵泉(SP9)・豊隆(ST40)・水道(ST28)・脾兪(BL20)

3. 津液調整に有効な補助経穴

  • 腎兪(BL23):水代謝の根本調整
  • 中脘(CV12):脾胃の運化を強化
  • 気海(CV6):気化作用を促進し、全身の水分バランスを調整

津液を整える漢方・薬膳アプローチ

漢方的治法

症状タイプ目的処方例
津液不足滋陰養液六味地黄丸(ろくみじおうがん)、麦門冬湯(ばくもんどうとう)
津液停滞利水化湿五苓散(ごれいさん)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
痰湿化痰利気半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、二陳湯(にちんとう)

(※鍼灸師は処方できませんが、併用理解は臨床判断に有用です)


薬膳・食養生

目的推奨食材効果・補足
津液を補う(滋陰)白きくらげ、梨、豆乳、黒ごま、山芋、ハチミツ乾燥肌・咳・便秘に有効
津液の循環促進大豆、とうもろこし、冬瓜、ハトムギ、緑豆浮腫・湿重感の改善
体内の熱を鎮め潤す枸杞の実、トマト、スイカ、百合根陰虚熱を伴う乾燥に有効

津液・血・気の関係 ― 「水の調和」が生命を支える

  • 気は津液を運ぶ(気行則津行)
  • 血は津液と相互に転化する(津血同源)
  • 津液は気血を潤し支える(津潤気血)

つまり、気血津液は常に循環し合う三位一体のシステムです。
鍼灸師は、患者の症状を「気の滞り」「血の不足」「津液の停滞」として総合的に判断し、治療方針を組み立てる必要があります。


まとめ ― 津液を整えることは「体を潤し、心を穏やかにする」

津液は、東洋医学における生命の潤滑油であり、気血の流れを円滑に保つ重要な要素です。
津液が不足すれば乾燥や熱が生じ、滞ればむくみや重だるさが現れます。

鍼灸では、脾・肺・腎を中心にアプローチすることで、津液の生成・循環・排泄を整えることができます。
さらに、食養生・生活習慣の改善を組み合わせることで、より安定した体内環境を維持できるでしょう。

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